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「円形大ピエタ」

ジャン・マルエル (1400年頃)

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 十字架降下直後の、悲しみに満ちた哀悼の場面です。キリストの亡骸にすがる聖母の指の、なんと美しいことでしょうか。やっと手もとに帰った我が子を見つめる瞳には、あまりにもたくさんの感情がこめられて、静かなしぐさがかえってその悲しみを強く伝えるようです。背後に控える福音書記者ヨハネも、このつらい場面に声を失っています。
 そして、中世の慣例に従えば、キリストの遺体は聖母の膝の上に抱かれているところですが、この作品では父なる神がその亡骸を支えています。痛々しい姿の我が子に、何を話し掛けるのでしょうか。茨の冠をつけたままのキリストは、今はただ静かに目を閉じて、人間としての長い苦痛から解放されて安らいでいるようです。
 ところで、ここで一つ、ちょっと面白いことに気がつきます。磔刑におけるキリストは、たいていの場合、白い腰布を着けた姿で描かれます。しかし、この円形のピエタの中のキリストは、薄い透明な布で下半身を覆っただけの、ほぼ全裸の姿です。しかも、傍らの天使のうちの一人が小さな親指と人差し指で、その布をちょこんとつまんでいるだけなのです。この哀しみに満ちた画面の中で、ここにだけは不思議なエロティシズムが漂っています。

 中世のころ、キリスト教会では裸体を四通りに区別していたと言われています。一つは、原罪以前のアダムとエヴァに見られるような自然の裸体、もう一つは現世的な意味での財産を持たないという比喩をこめた、アッシジのフランチェスコなどにみられるような現世の裸体、そして無垢や真実を表わす美徳の裸体、もう一つは悪徳やサタンを表現する罪の裸体です。
 しかし、ここに描かれたキリストの姿は、もっと別の意図を含んでいたように思います。この作品のキリストは、おそらく当時の女性たちに、哀悼以上の感興をもたらしたに違いありません。
 そこには、マルエルが1396年、パリの宮廷に登用され、次の年から1415年まで、ブルゴーニュ公の宮廷画家として活躍したフランドルの画家だったことに意味を見出せそうな気もします。フランドル美術に由来する力強い造形性、写実性を持ちながら、同時にフランス宮廷美術の洗練された優雅さをそなえたマルエルだからこそ、宗教画をこのように表現できたのではないでしょうか。
 15世紀頃のフランスは、まだ中世ゴシック文化の伝統を引きずっていました。マルエルは装飾写本で有名なランブール三兄弟の叔父にあたると言われていますが、そうした宮廷画家たちによる板絵、写本挿絵が盛んだったのです。ですから、いまだイタリア・ルネサンスがアルプスを越える前夜の、ゴシック末期の華麗な芸術が花開いていました。ある意味、南のイタリア文化圏、北のフランドル文化圏のはざまにあって、非常に独自で自由な文化を謳歌していた時期でもあったのです。そんな中での、マルエルならではのチョットお洒落な表現であったとも言えそうです。

★★★★★★★
パリ、 ルーヴル美術館 蔵

 <このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
  ◎キリスト教美術図典
        柳宗玄・中森義宗編  吉川弘文館 (1990-09-01出版)
  ◎西洋絵画の主題物語〈1〉聖書編
        諸川春樹監修  美術出版社 (1997-03-05出版)
  ◎西洋美術史(カラー版)
        高階秀爾監修  美術出版社 (1990-05-20出版)



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