• ごあいさつ
  • What's New
  • 私の好きな絵
  • 私の好きな美術館
  • 全国の美術館への旅

「ヴィーナスと蜂蜜を盗むキューピッド」

ルカス・クラーナハ (1531年)

ジャンプ

ここをクリックすると、作品のある
「Web Gallery of Art」のページにリンクします。

 腰の部分だけ薄布で隠してはいるものの、引き伸ばされたプロポーションのヴィーナスは、黒地の背景の前で白い裸体の美しさを際立たせています。どこか罪深い微笑も、当時の注文主の好みをよく把握したクラーナハの、手慣れた仕事と見ることができそうです。

 ルカス・クラーナハは1500年頃からウィーンで活躍を始めましたが、1504~05年頃からヴィッテンベルクで宮廷画家として3代のザクセン選帝侯に仕え、祭壇画や城の装飾、肖像画などの多彩な制作を手がけています。その中でもヴィーナスなどのエロティックな裸婦像は、イタリア・ルネサンスの影響を特に強く受けたものと言えます。

 聖書を題材にして女性裸体像を描くことはあまりないのですが、最初の人類であるアダムとエヴァの物語は、裸体を描く数少ない機会の一つと言えます。いわばクラーナハをはじめとした当時の画家たちは、エロティックな裸婦像を描く口実として、しばしばエヴァをはじめヴィーナス、パリスの審判、ルクレティアなどをテーマとして取り上げたわけです。
 その中でも、クラーナハの活躍は群を抜いていたかも知れません。彼は、当時としては破格に大規模な工房を持っていました。そこで、需要の多い裸婦像などを大量生産したのです。クラーナハの描くヴィーナスたちがほぼ同じポーズ、同じ雰囲気で描かれている理由も頷けます。工房における板絵の大量生産という、版画以外では考えられなかった快挙を、彼はその大規模な工房の力で可能にしたのです。
 そのため現在では、世界中のどの美術館へ行っても、クラーナハ作品を見ることができる…と、少し皮肉っぽく揶揄する人もいるほどです。それはファンにとっては嬉しいことでもありますが、彼の真筆を研究しようとする専門家にとっては苦労の種になってしまっているかも知れません。なにしろ、クラーナハはある意味、実業家のような合理的な面を持っており、仕事も早く、しかも完璧でしたから、その墓碑銘には「もっとも迅速な画家」と彫られたほどだったのです。

 ところで、ヴィーナスの傍らでキューピッドは、蜂の巣を持って泣いています。無理に盗ったので、蜂に刺されてしまっているのです。そこで、母であるヴィーナスのところへ駆け寄って助けを求めているのですが、かえって、キューピッド自身が悪戯によって他者に与えた傷はもっと深いのよ、と厳しく諭されてしまいます。教訓的寓話といってよい場面なのですが、諭している側のヴィーナスの表情は妖艶で美しく、飽くまでも見る者を魅了する存在であり続けています。快楽には必ず苦痛が伴うもの、という教訓も暗示されているわけですが、この妖しい魅力に溢れたヴィーナスを見ていると、そうしたことは殆ど忘れ去られてしまいそうです。

 そして、もう一つ目を惹かれるのが、ヴィーナスの被る華やかな帽子と、豪華な首飾り、そして髪飾りではないでしょうか。殊にこの髪飾りの、なんと繊細な装飾でしょうか。女性ならずとも、溜め息が出てしまいそうです。これには、カトリックの伝統的価値を否定した宗教改革の後、宗教美術の制作が大幅に減少し、そのため、世俗的画題が多くなってきたことも大きかったかも知れません。人々の意識も変化して、女性の自身への興味も大きくなり、開放的な新しいファッションが生み出されてきたことの証と言えそうです。つばの広い羽根飾りのついた帽子、手のこんだ細工の宝石…..女性たちはどんどん自由に装うようになりました。
 ルネサンスの波は、ここドイツにも新しく大胆な風を運んできたようです。

★★★★★★★
ローマ、 ボルゲーゼ美術館 蔵

 <このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
  ◎キリスト教美術図典
        柳宗玄・中森義宗編  吉川弘文館 (1990-09-01出版)
  ◎西洋絵画の主題物話〈2〉神話編
        諸川春樹監修  美術出版社 (1997-05-30出版)
  ◎西洋美術史(カラー版)
        高階秀爾監修  美術出版社 (1990-05-20出版)
  ◎西洋絵画史WHO’S WHO
        諸川春樹監修  美術出版社 (1997-05-20出版)



page top