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「ヴィーナスとアドニス」

バルトロメウス・スプランゲル (1586年)

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 あからさまな官能性が、いかにもこの画家らしさです。これは、プラハのハプスブルク家において、政治的には無能のそしりを受けつつも、文化人としては一流であったルドルフ2世の好みを十分に反映したものと言えるのでしょう。
 画面の中には、一見ごちゃごちゃと、たくさんのものたちが描き込まれています。しかし、広範囲な場面設定をすることは、物語画ではしばしば見受けられる工夫なのです。

 裸体のヴィーナスが、これから狩りに出ようとするアドニスを抱きしめる….というよりは、アドニスに絡みついているように見えます。
 アドニスは絶世の美少年であり、優れた狩人でした。そんなアドニスに、たまたまキューピッドの矢で傷を負ったヴィーナスは、たちまち恋に落ちてしまいます。ところが、ある日、ヴィーナスは悪い予感がして、危険な狩りには出ないようにと懇願します。それが、この前面でのシーンです。彼女は、なんとかアドニスを思いとどまらせようとしています。
 しかし、アドニスは出掛けてしまいます。そして、野生のイノシシに突然襲われ、絶命してしまうのです。心配して凱旋車で上空を飛んでいたヴィーナスは、アドニスの断末魔の叫びを聞きつけ、現場に降り立ったときには、もう間に合いませんでした。このとき、アドニスの血で染まった地面からは、アネモネの花が咲き出たと言われています。
 画面の遠方、左側の上空には、雲間に霞んでヴィーナスの乗った凱旋車が見えます。この中で、ヴィーナスはアドニスの叫び声を聞いたことになりますから、この作品は異時同図…..同じ画面に二つの時間が描き込まれていることになります。凱旋車は白鳥が引いていたと言われていますが、そこまで見てとることができるでしょうか。ヴィーナスの悲しみの声が、細くかすかに聞こえてくるようです。

 ところで、画面の中には、たくさんの動物たちが描かれています。前景にはカメやキジバトまでいますし、中景では、ヤギがのどかに草をはんでいます。これらは、ヴィーナスがアドニスに提案した、追いかけても害のない動物たちです。アドニスには、彼らと戯れる程度で満足してほしいと願っていたのでしょう。
 そして、楽しそうに語らうニンフとサテュロスは、森に住む神話の中の生き物たちです。ニンフは、各種の自然物に宿ると信じられた若く美しい女性の精霊、サテュロスは、毛むくじゃらの脚、ひずめ、尾、ひげ面に角を持った、森や山の精たちなのです。

 マニエリスムの画家、バルトロメウス・スプランゲル(1546-1611年)は、ことのほか複雑なポーズの裸体画を好んで描きました。この作品のヴィーナスも、アドニスを思いとどまらせるためというより、画面の前の観者に向かって大胆なポーズを見せることを一番の目的に描かれているかのようです。
 スプランゲルは、アントウェルペンの出身で、ローマに10年間滞在したあと、他の画家たちと比較しても破格の待遇でハプスブルク家の宮廷画家となっています。彼はマニエリスムの普及に多大な貢献をしており、プラハにアカデミーを設立したことで、ヨーロッパ各地にこの優美な様式を広めることに成功しています。
 イタリアから導入された古代神話や女性裸体像といった新しい要素は、北方の宮廷において究極の官能性へと昇華したようです。さらに、人工的なポーズをとる人体や類い希な洗練性は、プラハをして国際的な文化空間たらしめたのです。プラハをはじめとした北方都市で、各国の美術家によって形成された、やや奇異で濃密で美しい美術は、特に”国際マニエリスム”と呼ばれました。

★★★★★★★
アムステルダム、国立美術館 蔵

 <このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
  ◎西洋名画の読み方〈1〉
       パトリック・デ・リンク著、神原正明監修、内藤憲吾訳  (大阪)創元社 (2007-06-10出版)
  ◎オックスフォ-ド西洋美術事典
       佐々木英也著  講談社 1989/06出版 (1989-06出版)
  ◎ルネサンス美術館
       石鍋真澄著  小学館(2008/07 出版)
  ◎西洋美術館
       小学館 (1999-12-10出版)



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