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「レオポルト・ヴィルヘルム大公の収集室」

ダーフィット・テニールス(子) (1651年)

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 なんて贅沢な部屋でしょう。ここにラファエロ、ここにはティツィアーノ……と、絵画好きにとっては、まさに夢のお部屋ではないでしょうか。これだけのコレクションを眺めながら暮らせるとしたら、たいていの喜びは捨ててしまってもいい、と考える方もいるかも知れません。
 ルネサンス以降、ヨーロッパ各国の王侯貴族は、絵画や彫刻などの美術品や、珍しい植物、貝殻、鉱物などを好んで収集していたといいます。そしてそうした収集熱は、富裕な市民階層にも広がっていきました。殊に16世紀、国際都市として繁栄したアントウェルペン(ベルギー)において、市民たちは競って美術品を収集し、数多くの大規模な個人コレクションが存在したのです。そして画家たちもまたパトロンに敬意をはらい、1600年以降の同市の画家組合には、コレクターたちまで組合員として迎えられたほどでした。そうしたコレクターの活動を讃える社会背景から、「ギャラリー画」が生まれました。ギャラリー画とはまさに、絵画や彫刻の収集室を描いた絵画なのです。
 この『レオポルト・ヴィルヘルム大公の収集室』もまた、そうしたギャラリー画の代表的な作品の一つです。作者のダーフィット・テニールス(1610-90年)は、アントウェルペンの画家組合長になった直後、ブリュッセルに招聘され、そこで当時ネーデルラントを治めていたオーストリア大公レオポルト・ヴィルヘルムの宮廷画家となりました。そしてそれと同時に、彼は大公の美術コレクションの管理官となり、大公所蔵の作品のみごとなカタログを編纂しています。そして、作品の模写をしたり、こうしたギャラリー画も多く描いたのです。テニールスは、ルネサンス期のヴェネツィア派の絵画を多く模写していますが、そうした経験が彼のその後の作品にも大きな影響を与えたことは言うまでもありません。その繊細で洗練された画風は、17-18世紀の貴族たちには特に好まれたのです。
 ところで、この絵画群の中には、現存する作品も多く描き込まれています。例えば、向かって右の最上段の一番左から、ジョルジョーネの『三人の哲学者』、ヴェロネーゼの『東方三博士の礼拝』、パルマ・イル・ヴェッキオの『聖母のエリサベツ訪問』を見てとることができます。そして、その下の段の左から二番目の絵画はヴェロネーゼの『ナインのやもめの息子の蘇生』ですし、三段目の左から二番目がドッソ・ドッシの『聖ヒエロニムス』、四段目の一番左がサラチェーニの『ユディトとホロフェルネス』、一つおいて左から三番目がティツィアーノの『さくらんぼの聖母』です。さらに、床に斜めに立てかけられた作品のうち一番右の大きなものがヴェロネーゼの『アハシュエロス王の前のエステル』で、その隣がラファエロの『アンティオキアの聖女マルガリタ』、一つおいた作品がアンニーバレ・カラッチの『キリスト哀悼』です。さらに、向かって左側のタンスのような家具に架けられた絵画のうち、上段の右側はティツィアーノの『ヤコポ・ストラーダの肖像』、二段目に架けられているのはグイド・レーニの『カインによるアベルの殺害』なのです。
 なんと豪華な収集室風景でしょうか。ヴィルヘルム大公は1646年にネーデルラント総督に就任してから、在任中の10年間に多数の絵画をコレクションしたと言われていますが、中央でヴェネツィアの画家ヴィンチェンツォ・カテーナの『本を持つ男の肖像』を指差しているのが大公その人なのです。
 しかし、この作品群はあまりにも出来過ぎていますし、壁に掛けた様子もきちんと整い過ぎているように感じます。実は、これは実際のコレクションというわけではありません。美術品のコレクションの理想形を、テニールスは描いているのです。絵のサイズや収集室の構成にも、だいぶ画家の工夫とアレンジが施されているようです。しかし、それは決してテニールスが嘘を描こうという意図をもってのことではなく、それが当時の通例であったことと、自分を宮廷画家として重用してくれた大公への敬愛と崇敬の念が描かせた大作と言えるのでしょう。そして何より、画家の絵画への熱い想いが反映された画面なのだと思うのです。

★★★★★★★
ウィーン美術史美術館 蔵

 <このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
  ◎西洋美術館
        小学館 (1999-12-10出版)
  ◎西洋美術史(カラー版)
        高階秀爾監修  美術出版社 (1990-05-20出版)
  ◎西洋絵画史WHO’S WHO
        諸川春樹監修  美術出版社 (1997-05-20出版)



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