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「メレンコリア Ⅰ」

アルブレヒト・デューラー   (1514年)

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 沈思黙考する天使です。彼女の周りには幾何立体やコンパス、数字の記された方陣、てんびん秤、砂時計、はしご等々、なんとも不思議な、謎めいたアイテムが取り囲んでいます。そして、この作品のタイトルをあらためて思い返すとき、天使であってもこのように憂鬱そうに考え込むものなのだろうかと、なんとも理解し難い世界へ足を踏み入れてしまったような心持ちになるのです。

 医学の始祖とされるヒポクラテスは、肉体には4種の液体が流れていると説きました。それは、粘液、血液、黄胆汁、黒胆汁であり、そのいずれが総体的に優位かに応じて人の気質も決まると考えられていました。そしてそこから、粘液質、多血質、胆汁質、黒胆汁質(憂鬱質)という四大気質の分類が生まれるのです。つまり、メランコリア(憂鬱質)は体液の黒胆汁のせいであり、憂鬱や怠惰という悪い病気の原因とされていたのです。
 しかし、人文主義者たちは憂鬱質を、むしろ自分たちが理想とする「瞑想的人間」と結びつけて考えようとしました。つまり、内省的で知的性格と憂鬱質を同一視しようとしたのです。そのため、美術家、哲学者、神学者などは皆、憂鬱質の影響下にあると見なされたわけです。
 また、憂鬱質の擬人像は、しばしば翼を持ちます。つまり、ここに描かれているのも厳密に言えば天使ではなく、憂鬱質の姿ということになります。そして、彼女の傍らには犬が置かれることが一般的です。頬杖をついた「憂鬱質」はいかにも深刻なものを感じさせますが、究極の知恵ないし知識を得られないという絶望感、または創造的霊感の喪失を反映していると言われているのです。

 ところで、この作品は一般に『メランコリア』として知られていますが、正確には“melencolia”というスペルからも分かるように、『メレンコリア Ⅰ』です。しかし、何故「Ⅰ」なのでしょうか、デューラーは「Ⅱ」も制作する予定があったのでしょうか。これは実は、画中の擬人像の羽が方陣の数字の「Ⅰ」にかかっているところからきているのだと言われています。
 更に、ローマ数字の「Ⅰ」なのではなく、ラテン語の「Ire」の略だとする説もあります。すると、「メランコリーよ、去れ」という解釈にもなるのですが、ふと画面左上にかかる虹を見たとき、ギリシア神話の虹の女神「イリス」(Iris)が有翼の乙女の姿で描かれることにも思い当たり、そのあたりにもデューラーの意図が見えてくるような気もするのです。

 このように、『メレンコリア Ⅰ』はその謎めいた魅力から「解釈の迷宮」などとも呼ばれ、錬金術や神秘哲学との関係も指摘されつつ今日に至っています。当時の確立された古典教育こそ受けなかったものの、芸術家であると同時に、数学者、思想家としてもすぐれたデューラーだったからこそ、こうした美学者の好む題材を提供することに、この上ない喜びを見出していたのかも知れません。
 「メランコリー」と「創造性」ということは、人間の位置が高められたルネサンスだからこそ叶えられたテーマだったかもしれません。単なる気質の表現の枠を越え、創造的知性を表現したこのエングレーヴィングの作品は、間違いなくデューラーによる「最高の銅版画」のうちの一作として、今もなお人々の想像力と創造力を刺激し続けているのです。 

★★★★★★★
パリ国立図書館 蔵

 <このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
  ◎西洋美術史(カラー版)
        高階秀爾監修  美術出版社 (1990-05-20出版)
  ◎西洋絵画史WHO’S WHO
        諸川春樹監修  美術出版社 (1997-05-20出版)
  ◎オックスフォ-ド西洋美術事典
        佐々木英也訳 講談社 (1989-06出版)
  ◎図説 世界シンボル事典
        ハンス・ビーダーマン著、藤代幸一監訳 八坂書房 (2000-11-30出版) 



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