ボッティチェリ(1445-1510年)といえば、まずウフィッツィ美術館の至宝「ヴィーナスの誕生」を想起する人は多いと思います。そのヴィーナスとよく似た顔立ちのマリアですが、豊かすぎるほどの髪を持ったヴィーナスと違って、波打つ髪をヴェールの下につつましくおさめています。
それでも、二人に共通しているのは、その眼差しです。焦点が定まらず、心ここにあらずといったような哀しげな表情は印象的です。幼な児を抱いたばかりのマリアは、もうすでに来るべき悲しみを予知しているのかも知れません。
15世紀後半のフィレンツェにおいては、事実上の君主として権勢を誇った豪華公ロレンツォ・デ・メディチの影響からか、優美で装飾的な様式が流行していました。ボッティチェリも「春」や「ヴィーナスの誕生」において、耽美的で優雅な世界を描きましたが、この「メラグラーナの聖母」では、あえて「お母さん」の雰囲気を持ったマリアを描こうとしています。
典型的な円形画(トンド)の中で、天使たちにとり囲まれた聖母は、ほっそりとした顔に似合わず、やけにどっしりと安定した体型を持っています。これは、イタリア絵画にありがちなデフォルマシオンですが、また、イタリア女性の典型的な美しい体型でもあるといえます。
また、マリアの手に支えられたイエスが持っているのはザクロ(メラグラーナ)です。実が熟して裂け、赤い種子がのぞいているのは「多様なものの調和と統一」を表し、また、「不死」と「復活」をも表しています。つまりキリストの血や受難、そして復活を象徴することで、マリアのイエスに対する深い愛が表現されているのです。
ところで、ルネサンスを代表する高度な技術を誇るボッティチェリは、この作品をテンペラによって描いています。テンペラとは卵黄に油を加えることで、より透明な絵の具の表現を可能にするものであり、聖母と幼な子の顔には淡い色彩の磁気のような滑らかさを実現しています。
また、聖母子の両側に集まる天使たちにはあえて暗い色調を施すことで、聖母子の存在を際立たせることに成功しています。さらに、天使たちは3人ずつの左右対称となってマリアとイエスを囲む形になっていて、ここにボッティチェリらしい様式美と安定感が生み出されているのです。
輝く天の光の下、そこからさす垂直線によって、聖母、イエス、ザクロに鑑賞者の視線は自然に導かれていきます。
★★★★★★★
フィレンツェ、 ウフィッツィ美術館蔵