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「ヴィーナスの誕生」

サンドロ・ボッティチェリ(1486年ころ)

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 西風の神ゼフュロスとニンフのクロリスが息を吹きかけると、巨大なホタテ貝は水面を滑り、女神ヴィーナスを愛の島シテーレ島へと運びます。ヴィーナスの周りには薔薇の花が降り注ぎ、海岸にはオレンジの木々が立ち並びます。岸辺に待つ春の女神はヴィーナスの到着を歓迎し、色とりどりの花のマントで彼女を包み込もうと待ちかまえているのです。

 イタリア初期ルネサンス、15世紀末のフィレンツェの気風を代表するボッティチェリの大作は、神話の一場面を描いたものに違いないのですが、厳密に言うと、タイトルとは少し違うようです。ヴィーナスの誕生を謳った同時代の詩人ポリティアーノの詩や、古代ギリシャのアフロディーテ讃歌から着想を得て、画家ならではの神話世界を描いたのでしょう。
 ギリシャ神話における「ヴィーナスの誕生」は、実際は残酷なお話です。天空神ウラノスと対決し、勝利した息子のクロノスは父親の手足を切り取り、去勢して、海に投げ捨てたといいます。それが水に触れた瞬間、白い泡があふれ出し、ヴィーナスが生まれたのです。神の誕生にも死にも、一つの無駄もないということでしょうか。
 この作品は、そんなヴィーナスの美しさを際立たせるために描かれているようです。愛の女神ヴィーナスは、世界に美をもたらす存在です。美は神聖であり、美を愛する人々は崇高で天上的な価値を愛する人々である。そんな考え方が流行した時代だからこそ、この作品は生まれたと言えるのかもしれません。古代の理想とキリスト教の理想が一致した、ルネサンスならではの幻想的で詩的な世界なのです。
 春の女神が立つ岸の芝は、まるでビロードの絨毯のようであり、波は壊れやすい鱗さながらの繊細さです。そして、木々の葉は金色に縁取られ、よく見ると、画面全体が黄金に輝いているのがわかります。この黄金色は神の光そのものであり、みずみずしく祝祭的な、新しい時代を祝福する光でもあるのです。

 神話を題材にした絵を描いたのは、ボッティチェリが最初でした。そして、楽園を追放されるイヴ以外の裸の女性を描いたのも、ボッティチェリが初めてだったのです。画家は、昔のギリシャ彫刻にならってヴィーナスを描きました。それは、「ウェヌス・プディカ」(貞淑のヴィーナス)と呼ばれるポーズで、長い髪と手で自らの裸体を隠すというものです。ボッティチェリは、大昔の美と調和の模範に従って、このヴィーナスを描いたのです。
 ところで、当時もやはり、美の基準はきっちりと寸法で決められていました。といっても、今で言うスリーサイズといったものではなく、「乳頭間の距離=乳房とへその距離=脚とへその距離」といった、不思議で複雑な計算のもとに成り立っていました。
 その集大成として、このヴィーナスが描かれたわけですが、彼女はどこか作り物のようであり、しかも悲しげです。首はまるで人形のような長さであり、両肩も極端に下がり、左手の下がり方など、普通ではあり得ない印象です。
 ルネサンス時代の人々は、ギリシャ・ローマ時代の美のセオリーを研究し、忠実に採り入れました。この作品でも、昔の芸術家たちが評価した衣服の動きを効果的に採り入れ、画面全体がゼフュロスの息吹によって動いているように描かれています。薔薇の花びらや春の女神が持つマントだけでなく、ヴィーナスの長い髪も、「炎か蛇のように」描くとよい、というセオリーに従っています。このみごとな髪は、ルネサンスの幕開けのこの時期だからこそ実現した表現なのでしょう。
 しかし、キリスト教と古代文化を結びつけようとするあまり、ホタテ貝が豊かさと快楽の象徴ではなく、スピリチュアリズムの象徴とされたことさえありました。イタリアのルネサンス時代、芸術家たちにとって中世は暗い時代とされ、忘れ去りたい過去でした。人々は壮麗なギリシャ・ローマ時代に戻ろうとしていたのです。

 ボッティチェリのパトロン、豪華公ロレンツォ・デ・メディチは、古代彫刻の収集や新プラトン主義の哲学の保護によっても知られていますが、こと画家に関しては、さほど重要な委嘱をしなかったといいます。この作品も豪華公の従兄弟にあたるロレンツォ・ディ・ピエルフランチェスコからの委嘱だったそうで、ちょっと意外でした。でも、だからこそボッティチェリは縛られることなく、思う存分この神話世界に没入し、自由に描くことができたのだと思います。
 海に生まれ貝殻に乗って漂いつつ、こんなに祝福を受けながら、何かもの憂げなヴィーナスの表情は象徴的です。
 「いやだわ、なんで生まれて来ちゃったのかしら」
とでも言っているように肩を落とし、目はうつろで焦点が定まっていません。生まれ出ることが、結局は悲しいこと・・・と、すでにわかってしまっているような表情です。
 やがて神秘主義に傾倒していくボッティチェリの内面が、この華麗な作品の中にすでに投影されているのかも知れません。

★★★★★★★
フィレンツェ、 ウフィッツィ美術館蔵

 <このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
  ◎西洋美術史(カラー版)
       高階秀爾監修  美術出版社 (1990-05-20出版)
  ◎オックスフォ-ド西洋美術事典
       佐々木英也著  講談社 1989/06出版 (1989-06出版)
  ◎西洋絵画の主題物語〈2〉神話編
       諸川春樹監修  美術出版社 (1997-03-05出版)
  ◎西洋美術館
       小学館 (1999-12-10出版)
  ◎イタリア絵画
       ステファノ・ズッフィ、宮下規久朗編  日本経済新聞社 (2001-02出版)



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