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「マグダラのマリアと6人の天使」(マグダラのマリア祭壇画、断片)

ティルマン・リーメンシュナイダー (1490-92年)

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 聖母マリアが死後3日目、魂とともに肉体も天へと召された「聖母被昇天」はよく知られていますが、マグダラのマリアにもまた、被昇天が行われたという伝説は、あまり知られていないかもしれません。
 キリストの死後、マグダラのマリアはフランスのプロヴァンス地方で永らく隠者としての生活を送ったとされています。サント=ボーム近郊の寂しい山の中に、今日でもマグダラのマリアの巡礼地と言われるところがありますが、彼女はこの地の庵で30年間にわたって断食と悔悛の日々を送ったのです。
 このとき、一日に7回天使が飛来し、マグダラのマリアは天上に運ばれ、神の祝福を受けたのです。ある日、一人の隠者が天に昇る彼女を目撃し、人々に伝えたといいます。さまざまな言い伝えの残るマグダラのマリアですが、ことのほか神に愛されたことが伺えます。

 ところで、この作品は、ドイツ・ルネサンス独特の造形物の一つ、大規模な木彫祭壇と言われるものの断片像なのです。薄暗がりに極彩色の構造物が浮かび上がる様子は、まさしく宗教的荘厳の極みだったことでしょう。全体の高さが10メートルを超える祭壇は決して稀ではなく、1460年ごろから盛んに制作されるようになりました。
 しかし、こうした木彫祭壇は、宗教改革で破壊されたり、カトリック聖堂のバロック化に伴い撤去されたりしたため、今日、原状のまま保存されているものは少なくなりました。この作品もまた「マグダラのマリア祭壇」の一部、厨子を構成する「マグダラのマリア被昇天」の場面です。現在では、厨子と翼部が各地に分散しています。
 もともとは、ミュンナーシュタット教区教会のために制作された祭壇であり、翼部のマグダラのマリア伝レリーフ、プラデッラ(裾部)の福音書記者像、頭部を飾る聖三位一体像などが統合されれば、どれほど見事な祭壇であったことかと、このマグダラのマリアの被昇天像から偲ぶばかりなのです。

 ティルマン・リーメンシュナイダー(1460年頃-1531年)は、ドイツ中部のハイリゲンシュタットで生まれました。1483年以降亡くなるまで、司教都市ヴュルツブルクで彫刻家として活動しています。彼の最も成熟した時期の、もとの形をとどめた貴重な作品としては、クレクリンゲン巡礼聖堂に安置されている「マリア祭壇」が最も有名なものです。中心部の主題は「聖母被昇天」であり、リーメンシュナイダーの持つ上昇感が際立っていることでも特筆すべき作品となっています。このように、ドイツのロマンティック街道沿いでは、リーメンシュナイダーの作品を、今でも比較的多く見ることができます。
 彼は、1525年のドイツ農民戦争の時期には市長も務めていて、市政府とともに農民側につきましたが、結局敗退し、危うく処刑されそうになったりもしています。すぐれた芸術家であるだけでなく、人望も厚く、改革への情熱にもあふれた人柄が感じられます。ただ、その後は注文も減り、失意のうちに世を去ったと言われています。
 リーメンシュナイダーの祭壇は、ドイツにおける最初期のモノクローム木彫祭壇でした。それまでの、暗闇において独特の迫力を醸し出す極彩色の木彫祭壇とは異なり、彩色されない単一調に仕上げるのが彼の特徴だったのです。リーメンシュナイダーの持つ繊細な表現には、モノクロームこそがふさわしいものでした。
 祭壇にはナツボダイジュ(夏菩提樹)という素材が用いられましたが、この木は他の木材に比して木目が細かく、細工もしやすいものでした。モノクロームであることが、この木材が可能にする豊かな表現と、この世のものではない清らかな世界観を実現させたのです。

 両手を合わせて祈りつつ天に昇るマグダラのマリアは、全身を長い髪で覆われています。この髪の微細な彫り、天使たちの翻る衣の余りに繊細な表現、そして聖母のメランコリックな表情こそ、リーメンシュナイダーの真骨頂でした。それは、他の作家とは一線を画す、神業とも思えるほどの奇跡のドラマのように感じられます。

★★★★★★★
ミュンヘン(ドイツ)、 バイエルン州立美術館 蔵
 <このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
  ◎西洋美術館
       小学館 (1999-12-10出版)
  ◎西洋美術史(カラー版)
        高階秀爾監修  美術出版社 (1990-05-20出版)
  ◎ルネサンス美術館
       石鍋真澄著  小学館(2008/07 出版)
  ◎オックスフォ-ド西洋美術事典
        佐々木英也訳 講談社 (1989-06出版)   



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