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「ハンガリーの聖女エリザベトと女性寄進者」

ペトルス・クリストゥス (1470-80年ごろ)

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 お人形のような可愛らしい、それでいて無機質な白い顔には、えも言われぬ魅力が漂います。クリストゥスの絵画を語るとき、この作り物めいた美の誘惑を忘れることはできません。

 じっと祈りを捧げるのは寄進者の女性。ブルゴーニュ公フィリップ3世(善良公)の3度目の妃、イザベル・ド・ポリュティガル(1397-1471年)と思われます。
 彼女は、ポルトガル王ジョアン1世と王妃フィリパの次女として生まれ、1429年、31歳でブルゴーニュ公フィリップに嫁ぎました。3人の王子に恵まれ(うち長男は早世)、夫の不在時には、フランス王シャルル7世の攻撃に守りを固め、王軍の攻撃を乗り切ったほどの鉄の意思の王妃でした。
 しかし、もともとイザベルは、芸術家や詩人に囲まれた華やかな宮廷の女主人であり、外交面でも手腕をふるった才色兼備の誉れ高い女性だったのです。

 一方、彼女の後ろで王冠を手にした尼僧は、ハンガリーの聖女エリザベトです。彼女はハンガリーのアールパード王朝の王女で、14歳でテューリンゲンの領主ルートヴィヒに嫁ぎましたが、わずか6年後に夫は他界します。その後エリザベートはフランシスコ会に入り、マールブルクの町で貧者や病人の世話に専念したと言われています。
 聖エリザベートの図像は、北ヨーロッパに広く見られます。特にフランシスコ会では、女性的慈愛の象徴として親しまれています。この作品でも、フランシスコ会の修道女の服を着て、王家の出身であることを示す冠を手にしています。殊に、三重の冠であることは特徴的です。処女、妻、寡婦の3つの状態を象徴していると言われます。

 15世紀後半のフランドル絵画は、各地と交流することで個性を発揮し始めていました。ヤン・ファン・エイクロヒール・ファン・デル・ウェイデンという2人の天才によって築かれた初期フランドル絵画はさらに発展し、独自の道を進んだのです。
 その15世紀後半のブリュージュにおいて、中心的画家だったのがこのペトルス・クリストゥス(1410/15-1475/76年)とディーリック・バウツ(1415/20-1475年)でした。2人は一点透視図法(線遠近法)を用いて描いており、いったいどのような経緯でイタリアの線遠近法を取り入れるに至ったのかはいまだに謎とされています。
 とにもかくにも、イタリア・ルネサンス美術における最重要の空間表現である線遠近法は、この2人によって北方絵画に導入されたと言って間違いありません。一つの消失点に集中する三次元的室内空間は現実的であり、無限の距離感をその画面に誕生させたのです。

 クリストゥスはもともとはブリュージュの人間ではなく、現在のブリュッセル首都圏地域を含むブラバンド公領バールレ村の出身とみられています。1444年にブリュージュの市民権を得て生涯を過ごしました。
 彼の特徴はやはり、それまで背景が黒く塗りつぶされて表現されていた肖像画にも、遠近法による光があらわれたことです。モデルが生き生きと室内に存在する表現は、これまでにはないことでした。
 しかし、何よりのクリストゥスの魅力は、実はこの人形のような人物表現にあったに違いありません。どこか作り物めいた、血が通っているとは信じがたいような美しく可愛らしい女性像は飛び抜けて魅力的です。殊に、この聖女エリザベトの持つ何とも表現しがたい不思議な吸引力には、しばし時を忘れて見入ってしまうほどです。

 ところで、実はこの作品は、クリストゥス本人ではなく、「クリストゥス工房作」とされています。ですから、もしかするとクリストゥスの手が入っているにしても、弟子が完成させたということは十分に考えられます。1444年にブリュージュの市民権を得て以来、同市画家組合の親方として活躍し、15世紀ネーデルラント絵画の創始者ヤン・ファン・エイクの大規模な工房を引き継いで、ブリュージュを代表する画家として活躍したクリストゥスですから、こうした例は多いに違いありません。

★★★★★★★
ブルージュ、 市立美術館 蔵

<このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
  ◎画家たちの祝祭―十五世紀ネーデルラント
         堀越孝一著  小沢書店(1990-08出版)
  ◎西洋美術史(カラー版)
        高階秀爾監修  美術出版社 (1990-05-20出版)
  ◎西洋絵画史WHO’S WHO
        諸川春樹監修  美術出版社 (1997-05-20出版)
  ◎オックスフォ-ド西洋美術事典
       佐々木英也著  講談社(1989-06出版)
  ◎ルネサンス美術館
       石鍋真澄著  小学館(2008-07 出版)



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