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「ダナエ」

ホッサールト(通称 マビューズ) (1527年)

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 濃い青の衣装の胸をはだけ、どこか忘我の表情で降り注ぐ雨を見つめる少女は、ダナエ….。まだ、あどけなく、愛らしく清らかな乙女です。
 ダナエはギリシア神話のなかのアルゴス王アクリシオスの娘ですが、アクリシオスが娘の子に殺されるとの予言を受けたため、ダナエを青銅の塔に閉じこめて、求婚者たちを遠ざけてしまったのです。ところが、オリュンポス十二神の主神であり、好色なことでも有名なユピテルが彼女を見初め、黄金の雨に姿を変えてダナエを訪れます。やがてダナエの産んだペルセウスは、円盤投げの事故で、たしかに予言どおり、祖父を死なせることになってしまうのです。しかし、今はそんな運命も知らず、まだあどけなさの残るダナエは、ひたすらに黄金の雨を見上げます。

 この主題は、裸婦を描くよい口実として、ルネサンスの多くの画家に好まれました。ティツィアーノの描く『ダナエ』など見ても、成熟した女性の美しく官能的な姿が印象に残ります。『ダナエ』を描くときの約束事として、たいていは、ダナエは天蓋付き寝台のクッションの上に横たわり、期待をこめた目で黄金の光ないしは雨をみつめ、雨は雲間から彼女に降り注ぎます。時には、降ってくるのが雨ではなく、硬貨であることもあり、召使いが前掛けを広げて一生懸命黄金を受け止めている、というちょっとユーモラスな表現もあるほどです。

 しかし、マビューズの描くダナエの表情には、何の野心も過剰な期待も、不浄なものが少しも感じられません。マビューズは、他の画家たちとは少しニュアンスを違えて、女性裸体像を描くにあたっても、彼なりのモニュメンタリティといったものを表現したかったのではないでしょうか。
 ホッサールト…通称マビューズは、16世紀ネーデルラントのロマニスト画家でした。ロマニストというのは当時、イタリア、とくにローマへ赴き、古代の彫刻や遺跡を研究したり、同時代のイタリア画家たちの作風を積極的に吸収した画家たちのことをいいます。マビューズもまた、パトロンであったブルゴーニュ公庶子フィリップに随行してローマへ行き、とくに建築、古典古代の美術に傾倒しています。そして帰国後は、ブルゴーニュ=ハプスブルグ家の愛顧を得て、その活動範囲も広がっていきます。
 イタリア美術に触れてからのマビューズは、それまでの単なるネーデルラント絵画の伝統の踏襲から、しだいにイタリア美術の影響を色濃く示す作品を制作していきます。そして、宗教画においても、建築モティーフにはその傾向が顕著に現れるようになります。この作品でも、ダナエの背後の円柱のあいだからは、イタリア風の聖堂建築が垣間見え、彼が北方出身の画家であったことを、思わず忘れさせてしまいます。
 マビューズのこうした傾向は、後期ゴシックの精緻な描写の下地とイタリア美術の理想主義的な雰囲気も相俟って、とても特異で技巧的な画面をつくりあげていきました。ある意味、彼もまた、マニエリストと言ってもいいのかも知れません。

 ところで、中世の人々にとって、ダナエは純潔の象徴であり、神的作用のみによる処女懐胎の一例でもありました。つまりこの主題は、「受胎告知」の予型とも見なされていたのです。そう思ってあらためて見直したときの、マビューズの描くダナエの可愛らしさは、洗練されたイタリア美術の影響と、ネーデルラント絵画の持つ静けさに満ちた清らかさの結晶なのかも知れない、とふと思えてしまうのです。  

★★★★★★★
ミュンヘン、 アルテ・ピナコテーク 蔵



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