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「サモトラケのニケ」

作者不詳 (紀元前190年ころ)

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 今まさに飛び立とうと、総身に風をはらむ優美な姿….。彼女は、ギリシャ神話において、オリュンポスの神々の長ゼウスのメッセンジャーをつとめる有翼の女神ニケです。ニケは、人々のもとへ神々の贈り物として勝利をもたらすと言い伝えられ、戦いや国家の守護神であるアテナの随身ともいわれています。ですから、アテナの手の上に載る小さな金色の像として表されることも多く、私たちには比較的お馴染みの女神と言えるかも知れません。

 その中でも、この『サモトラケのニケ』は、ロドス人が前一九〇年ころ、シリアのアンティオコス三世との海戦で勝利し、その感謝をこめて、サモトラケ島の航海の守護神を祀った神域に奉納したものと推定されています。1863年に出土したもので、劇場の観客席の頂の背後に泉を設置し、その中に斜めに置いた三段櫂船の舳先に勝利の女神が降り立つ瞬間を表したものであるようです。
 翼を拡げたニケは右脚を前に出し、左脚を引き、そしておそらく、顔は斜め下を向いていたものと思われます。また、勝利を知らせるために上げた右手には何も持たず、左手は下げた状態で、敵の海軍軍徽章または棕櫚の枝を携えていたのではないかと憶測されています。風に翻るキトン(上衣)の襞が裸体像である以上に均斉のとれた肉体の美しさを伝え、翼の力感とともに、美の殿堂ルーヴルの表玄関であるダノン門横の大階段の中央に、その優雅な姿を見せてくれているのです。

 ところで、実際のサモトラケ島は、このニケの姿からも予想されるように、非常に風の強い島として有名です。夏には海水浴客のリゾート地となるのですが、九月に入るととたんに、身体が飛ばされそうになるほどの北風が吹きつけるようになります。トラキアおろしというのでしょうか、対岸のマケドニアのほうから激しく吹いてくるのです。そうした事情を考えてもう一度彼女を見上げてみると、よく言われる「サモトラケのニケを眺めていると、風が起こるのを感じる」といったロマンチックな表現とは裏腹に、彼女自身が風に逆らって、脚をしっかり踏まえているのだということを実感します。そしてさらに、その優美な印象を裏切るかの如く、ニケの脚は本当に太くて丈夫そうです。これはまさしく、女神のたくましさそのものと言えるかも知れません。

 そもそも、このサモトラケの地は、オリュンポスの神々が生まれる前には、ずっと大地女神系の女神信仰が続いていたところでした。それを思い合わせるとき、このサモトラケのニケの持つ大地の母の如きたくましさは、何かとても嬉しく、あらためて、軽やかでいながら圧倒的な存在感をもって迫ってくるのです。

★★★★★★★
パリ、 ルーヴル美術館 蔵



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