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「サビニの女の掠奪」

ニコラ・プッサン (1636-37年)

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 初期ローマの伝説からとった物語「サビニの女たち」のテーマは、ダヴィッドをはじめとした多くの画家がとりあげています。
 英雄アイネイアスの後裔ロムルスがローマ市を建設して間もなく、ローマに亡命者たちを受け入れていましたが、次第に男ばかりとなってきたため、深刻な嫁不足に一計を案じたロムルスは、ある策略をめぐらします。彼は近隣に住むサビニ族を新しい町に招いて平和的な祭りを催しておきながら、突然部下たちに合図を送り、サビニの女性たちを無理やり連れ去らせてしまったのです。

 これは、その神話でも馴染み深い掠奪の場面なのですが、激しい悲鳴や怒号が渦巻いているに違いない情景でありながら、なぜか人物たちは彫刻の群れのようにその動きを止め、堅く凍りついてしまったかのようです。その一瞬、生きた音がすべて消えてしまったのかも知れません。事実、この人物たちの多くはヘレニズム時代の彫刻の動きを模したものであると言われ、ここに安定と均衡を目指したプッサンの意向を十分に見てとることができるのです。

 ニコラ・プッサンは17世紀最大のフランスの巨匠でした。そして、国際的に名声をかち得た最初のフランス人画家であったと言えます。ローマでカラヴァッジオなどの影響を受け、はじめのうちはまさにバロックの画家として歩み始めますが、しだいにバロック風な画法からは離れていきます。実際、いまでもフランスの人々は、プッサンとその後継者たちに対して「バロック」という言葉を使おうとしません。なぜならプッサンは、アンニーバレ・カラッチからラファエロや古代ローマ美術にまで遡るイタリアの古典主義的伝統の堅固な擁護者だったからなのです。
 そんな中で、この『サビニの女の掠奪』は、17世紀後半における古典主義の、ある意味での勝利を謳いあげているようです。女たちの横顔は冷たく美しく整い、人物全体の表現は英雄的で、個性や現実感が伝わりません。また、高貴な文学性を持ち、飽くまでも感覚ではなく知性に強く訴えかけてくる….そんな作品に仕上がっているのです。色彩よりもずっと形態や構図が強調され、おそらくこの作品をモノクロで見ても、受ける印象はそれほど変らないと思われるほどです。
 プッサンの作風は決して自然に、心持ちの赴くままに発展したものではありません。意識的な努力によって達成されたものなのです。プッサンにとっての正しい芸術というのは、あくまでも「永遠の法則に従う」ものだったのです。そしてその法則は、すぐれた科学的知性によって解明し得るものだと信じていたのです。ですから、彼は安定し、均衡のとれた芸術を目指し、そしてそれを達成していきました。色彩と形態、思想と感情、真実と美が完璧に調和した世界….それがプッサンの理想とした芸術の到達点だったのです。
 この、みごとに静止した、美と様式の完結した世界を見るとき、私たちは人間の理性を信じるプッサンが自らの意向を熟知し、貫いたことを感じ取ることができるのです。

★★★★★★★
ニューヨーク、 メトロポリタン美術館 蔵



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