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「グロス博士の臨床講義」

トマス・エイキンズ (1875年)

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 縦2.5メートル、横2メートルという巨大なこの作品はニューヨーク・トリビューン誌によって、「19世紀アメリカにおける最も力強く、最も恐ろしく、しかも同時に魅惑に満ちた絵」と評された大作です。

 フィラデルフィアのジェファーソン医科大学で外科を担当するサミュエル・グロス教授が、今まさに患者の足から病患部の骨を取り除く手術を行っています。背後にはそれを見守る学生たち。ここは講義室なのです。教授の頭上には恐らく天窓があり、そこからの光が舞台のセットのようにグロス博士を際立たせ、まさにドラマの主人公のようです。
 衛生に対する近代的知識が確立する以前のことでもあり、今であれば考えられないことですが、博士や外科医たちは手術着ではなくフロックコートを着用しています。患者の左足と臀部が辛うじて見えるだけなので、彼がどのような人物なのかはわかりません。ただ、切開部やそこに入れられたメス、グロス博士の手やシーツにべったりとついた鮮血など、その血なまぐささには圧倒されます。恐らく服にも血が飛んでしまうでしょうから、手術のたびに洗濯するのだろうか、それとも拭き取るだけなのだろうかとひどく気になります。学生たちを振り返り、手をとめて何か説明をしている博士の厳しい表情からは、厳格に生命と向き合う人物の覚悟を見てとることができます。怖そうな爺さん…という感じでしょうか。
 ところが背後の学生たちは博士の醸し出す緊迫感とは対照的に、画面の暗さのせいもあるのか劇場の観客のような脱力モードです。ただ一人、しっかりとペンを走らせている人物は、この手術を記録している書記です。そしてあり得ない場所で目を覆っている女性は、この患者の母親か妻でしょうか。やや大仰で芝居がかった存在として、スポットライトの中に存在しています。

 この種の作品ではレンブラントの「トゥルプ博士の解剖学講義」を思い出します。顕著な明暗の対比と勢いのある筆致はベラスケスを髣髴とさせますが、この作品にはそういった巨匠たちのものよりも、やや挿絵を思わせる雑さがあります。そのあたりがアメリカ人画家の持つ雰囲気かもしれません。
 トマス・エイキンズ(1844年7月25日-1916年6月25日)はアメリカの画家であり、写真家、彫刻家でもありました。実写主義を追求し、特に肖像画で知られており、アメリカ近代美術の父とも呼ばれています。
 エイキンズの父はカリグラフィーの教師でした。ペンシルベニア美術アカデミーで学んだ後、現在のシドニー・キンメル医科大学で解剖学を学んでいます。科学分野への興味が強く医者を志したものの、結局1866年にパリに渡り、アカデミスムの画家ジャン=レオン・ジェロームに師事しています。リアリズムへの飽くなき探究心と解剖学の知識が、この代表作を生み出したと思われます。
 解剖のシーンを扱って物議を醸しましたが、母国のペンシルベニア美術アカデミーの教師となってからも急進的な考え方からしばしば攻撃の的となっていました。美術の授業にヌードモデルを使うべきという主張から、1886年に女生徒に男性ヌードを描かせたことが原因で解雇されています。時代を先取りする人々は、しばしばこうした社会の不理解に苦しめられるものなのでしょう。
 しかし、この「グロス博士の臨床講義」は長くジェファーソン・メディカル・カレッジが所有し、2007年になってペンシルベニア美術アカデミーとフィラデルフィア美術館の共同所有となっています。

★★★★★★★
米国、フィラデルフィア美術館とペンシルベニア美術アカデミー(共同所有)蔵

 <このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>

  ◎ビジュアル年表で読む 西洋絵画
       イアン・ザクゼック他著  日経ナショナルジオグラフィック社 (2014-9-11出版)
  ◎オックスフォ-ド西洋美術事典
       佐々木英也著  講談社 1989/06出版 (1989-06出版)
  ◎西洋美術史(カラー版)
       高階秀爾監修  美術出版社 (1990-05-20出版)
  ◎西洋美術館
       小学館 (1999-12-10出版)



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