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「ウルビーノのヴィーナス」

ティツィアーノ (1538年)

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 寝室のベッドに横たわり、画面の中から誘惑するような視線を投げかける美女は、のちのウルビーノ公、グイドバルド・デラ・ローヴェレの妻ではないかと言われています。そして、この作品の注文主も、もちろんグイドバルド本人であると思われます。
 ところが、別の説ではグイドバルドが、この絵を入手するために相当強力に働きかけた様子が伝わってくるのです。画家との交渉に当たった代理人に、絶対に手に入れてくれるよう、叱咤激励する手紙を送っているというのです。
 そのため、この絵の本当のモデルがグイドバルド夫人であるかどうかは、いまひとつ定かではありません。しかし、考えてみれば、謎のままのほうがずっと絵の魅力が増すような気もします。
 しかし、この作品は、それ自体がすでに謎めいています。ヴィーナスの周りに描き込まれたものたちには、どんな関連性があるのでしょうか。
 ヴィーナスの足元で丸くなってうずくまる子犬は、忠誠の象徴とされています。そして、窓辺には、日本名を銀梅花(ぎんばいか)というミルテの鉢が置かれています。この花は花嫁のブーケに添えられるなど、結婚の象徴とされているのです。さらに部屋の奥では、二人の侍女が衣装を長びつにしまっている様子を見てとることができます。そのあたりから、この作品が結婚の記念画であることがわかります。当時、ヴィーナスは、結婚の守護神とされていました。そのため、ヴィーナスの右手からは、愛の象徴である赤い薔薇があふれているのです。

 ところで、ヴィーナスのポーズのイメージは、その25年前に描かれたジョルジョーネの「眠れるヴィーナス」がもととなっているのです。ティツィアーノ(1488/90-1576年)は若いころ、ヴェネツィア絵画の巨匠ジョルジョーネの工房で修業をした経験をもち、師の協力者として制作していたため、ジョルジョーネの死後、「眠れるヴィーナス」にも加筆して完成させていました。そうした関係もあって、ヴィーナスのポーズをそのまま反復した作品を描いたのだと思われます。
 ただ、ジョルジョーネ作品と大きく違うのが、ヴィーナスの官能性です。「眠れるヴィーナス」の瞑想的で静かな雰囲気は、ヴェネツィア貴族の贅沢な寝室、挑発的な視線によって、全く趣きの違うものにとって変わっています。ほぼ同じポーズながら、ティツィアーノは、現実的で魅力あふれる生身のヴィーナスを描いたのです。
 ヴェネツィア派最大の画家とうたわれ、生涯、画家としての進化を続けたティツィアーノは、当初、ジョルジョーネ風であった様式から、がらりと方向を変えて、その作風を展開するようになります。それは、ティツィアーノの肖像画などに見られた強い生命力に通じるものだったかもしれません。このころ、妻の死をきっかけに、色彩はだいぶ沈んだものになっていましたが、その分、作品には現実感と日常性が増していったように思われます。

 ところで、ティツィアーノがあえて、こうしたなまめかしい裸婦を描いたのは、時代の要求であったこともまた間違いないように思われます。当時、こうした作品を、ごくプライベートな場所で鑑賞する風潮が生まれていました。つまり、ルネサンス時代のピンナップ・ヌードということなのでしょう。そうした需要に、多くの顧客を持つティツィアーノはみごとに応えていたのだという気がします。やがて画家は、神話等に主題を借りながら、より官能的な裸婦像を次々に描いていくようになるのです。

★★★★★★★
フィレンツェ、ウフィッツィ美術館 蔵

 <このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
  ◎イタリア・ルネサンスの巨匠たち―ヴェネツィアの画家〈24〉/ティツィアーノ
        フィリッポ・ペドロッコ著  東京書籍 (1995-05-25出版)
  ◎絵画を読む―イコノロジー入門
        若桑みどり著  日本放送出版協会 (1993-08-01出版)
  ◎西洋美術史(カラー版)
        高階秀爾監修  美術出版社 (1990-05-20出版)
  ◎西洋絵画史WHO’S WHO
        諸川春樹監修  美術出版社 (1997-05-20出版)



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