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「アンドリューズ夫妻」

トマス・ゲインズバラ (1748-49年)

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 太い樫の木の前でポーズをとる新婚間もない若い夫婦は、ロバート・アンドリューズとフランシス・カーターです。二人は 1748年11月に結婚したばかりで、新妻のフランシスは16歳、ロバート・アンドリューズは22歳でした。
 俗に言うところの結婚肖像画ですが、二人から感じられる微かな緊張感は、若さゆえのぎこちなさなのかもしれません。妻はベンチに座り、夫は小脇に銃を抱えて傍らに立っています。平原を吹き抜ける風の中で、二人は表情を隠してこちらを見つめています。

 ロバート・アンドリューズはこの結婚によって、さらに領地を広げました。ここに見える景色はすべて、彼の土地なのです。その誇らしさを示すような狩猟姿なのかもしれません。足元の猟犬は忠実な表情で主人を見上げ、二人の左手には豊かな平原が広がっています。刈り取られたばかりのトウモロコシの束が金色に輝き、アンドリューズ家の富と若い夫婦の前途をさらに明るく彩っているようです。遠景には草をはむ羊たち、さらにその向こうの森や丘や丘に接する柔らかそうな雲までも、祝福に満ちた心地よさで見渡すことができるのです。

 トマス・ゲインズバラ(1727-1788年)は、この作品を20代に入ったばかりのころに依頼されて描きました。彼は、18世紀イギリスの著名な肖像画家であり風景画家でした。そういう意味では、この作品は、彼の得意とした二つのジャンルが融合した、どこか不思議な雰囲気の漂う秀作といえます。
 ゲインズバラは、13歳のときにロンドンに出て最初は版画を学び、やがて、ロイヤル・アカデミーの創立会員となっています。早くからその才能を評価されていたわけですが、この軽妙で繊細な筆遣いと抒情性が、彼の作品の大きな魅力であり特徴でもありました。さらに、人物の独特な硬い表情も、他の画家とは一線を画したゲインズバラらしさだったように思われます。
 ゲインズバラは、イギリスでは数少ないロココの画家の一人でした。この初期の代表作に漂う、不思議な憂愁と繊細なタッチは、確かに、感覚を楽しむロココ風の特徴です。さらに、フランシスの繻子のドレスの美しさは、若きゲインズバラの並々ならぬ力量を実感させてくれます。甘やかな淡いブルーも、彼女の座っている鉄製のベンチのオシャレな曲線も、いかにもロココ風なのです。ドレスからのぞく靴の可愛らしさもまた、画家の好みが反映されているようです。

 ところで、この作品の背景となっているのは、穀倉地帯として知られるサフォーク州であり、それは、ゲインズバラの故郷でもありました。画家は、自らの感性を磨いてくれたこの土地に、どんなにか愛着を持っていたことでしょう。彼にとって風景画は、どちらかと言えば仕事というより、楽しみの範疇に入るものだったようです。この作品の中で、主役の二人が画面の端に置かれているのも、画家の悪意のない喜びの表現であったように感じられます。ここでは、むしろ背景のほうが主役のようですから。
 さらに興味深いのは、フランシスの膝の上が未完であることです。塗り残しというわけではないでしょうし、画家がここに置きたかったものが何か、気になります。夫婦のまだ見ぬ赤ちゃんでしょうか、それとも青々とした葉をつけた樫の木の一枝でしょうか。もしかすると、この美しい大地の空気そのものを、若いゲインズバラは何とか彼女の手の中に描こうとして、結果、このようになったのだろうか、とも思えてきます。

★★★★★★★
ロンドン、 ナショナル・ギャラリー 蔵

 <このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
  ◎西洋美術史(カラー版)
       高階秀爾監修  美術出版社 (1990-05-20出版)
  ◎西洋名画の読み方〈1〉
       パトリック・デ・リンク著、神原正明監修、内藤憲吾訳  (大阪)創元社 (2007-06-10出版)
  ◎オックスフォ-ド西洋美術事典
       佐々木英也著  講談社 1989/06出版 (1989-06出版)
  ◎西洋美術館
       小学館 (1999-12-10出版)
  ◎西洋絵画史WHO’S WHO
       諸川春樹監修  美術出版社 (1997-05-20出版)



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