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「くたびれて」

クリスチャン・クローグ (1885年)

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 明るい陽射しの入る窓辺でミシンを使っていた少女は、あまりにも心地よい午後の光と疲労感から、とうとう背もたれに上半身を預けて本格的に居眠りを始めてしまいました。しかし誰が彼女を責められるでしょう。単調なミシンの音は副交感神経に働きかけ、眠りを誘うに十分な効果を持っているのですから。
 それまで縫い物といえば手作業でしたが、19世紀に入って発明されたミシンはあっという間に普及し、世紀末には一般家庭でも見られるものとなりました。このような光景はこの時期、ありがちなものだったことでしょう。昼であるにもかかわらず正面に大きなランプが置かれているのは、向かって右側の窓からの光だけでは手元が暗かったためと思われます。さらにカーテンが窓のやや下から吊られているのも、生活の中の精いっぱいの工夫だったに違いありません。

 こうした働く人たちの何げない生活を描いた作者のクリスチャン・クローグ(1852年8月13日-1925年10月16日)は、ノルウェー出身の画家であり、著述家、ジャーナリストでもありました。多才な彼はオスロで法律を学びながら同時に画学校にも通いました。ドイツのベルリンに移ってアドルフ・フォン・メンツェルマックス・リーバーマンの影響を受け、1881年から1882年にはパリで活動し、マネをはじめ印象派の作品にも親しんでいます。
 しかし次第にクローグの目は社会的に地位の低い人々や社会の暗部に向くようになります。殊に売春婦たちは画家の興味を強く引きつけたようです。1886年には彼女たちをテーマとした『アルベルティーネ』という小説を出版し、スキャンダルとなって警察に没収されるという事件も起こしています。
 さらに作家のハンス・イェーゲルとともに自由に生きるボヘミアンの若い芸術家たちの集まり、クリスチャニア・ボヘミアンというグループの中心人物としても活躍し、『印象派』という芸術新聞も発刊していました。そして1909年から1925年までは国立美術学校で教授を務めるなど、その活躍は多岐にわたります。ノルウェーの国民的画家エドヴァルド・ムンクもまた、クローグを師と仰いだ一人でした。

 ところで、「眠る女」を主題とした作品は多くの画家が描いています。ヨハネス・フェルメールフレデリック・レイトンアンリ・ルソーなど枚挙にいとまがありません。しかし、この少女ほど素朴で手放しで自然な寝顔は見たことがないかもしれません。疲れたでしょう、ぐっすり眠ってね、と言ってあげたくなるような優しい作品です。

★★★★★★★
ノルウェー オスロ国立美術館 蔵

 <このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
  ◎366日 絵のなかの部屋をめぐる旅
        海野 弘著 パイインターナショナル (2021-7-28出版)
  ◎図説 ヴィクトリア朝の女性と暮らし: ワーキング・クラスの人びと (ふくろうの本)
        川端有子著 河出書房新社 (2019-5-28 出版)
  ◎ビジュアル年表で読む 西洋絵画
       イアン・ザクゼック他著  日経ナショナルジオグラフィック社 (2014-9-11出版)



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