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「ロレートの聖母」

ミケランジェロ・カラヴァッジオ (1604年ころ)

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 これは、ロレートの町の聖なる社(やしろ)にまつわる伝説を描いたものです。
 1291年、サラセン人が十字軍戦士たちを聖地から追い払おうとしたまさにそのとき、ナザレにあるマリアとヨセフの「聖なる家」は、天使たちの手で無事に安全な場所へ移されました。まず、ダルマティアの海岸へ、そして最終的に、イタリアのマルケ地方にあるアンコーナ近郊のロレートの町に落ち着いたのです。この伝説は明らかに15世紀イタリアが起源ですが、このロレートの町は16世紀から敬虔な信者たちの巡礼地となり、「ロレートの聖母」に奉じられた聖堂もよく見られるようになりました。

 ところで、カラヴァッジオの描いた『ロレートの聖母』には、巡礼者が聖母子を礼拝する場面が描かれています。しかし、子供を抱いて戸口に立つこの女性に細い光輪がなかったとしたら….これが聖母だとわかる人がどれほどいるでしょうか。そして、貧しい巡礼者の足の裏が見え、それが汚れていることも、聖性がないということで好ましくは思われなかったのです。また、その巡礼者たちを見守る幼いキリストの顔も、陰になってしまって、その表情は読みとれません。こんなにも顔を人々のほうに向けた救い主を、今まで、どんな画家が描いたでしょうか。

 このように、カラヴァッジオは当時アンニーバレ・カラッチと並び称されながら、その徹底した写実ゆえに品位が欠けるとして非難されることがしばしばありました。そのため、注文主の要請によって作品を描き直したことも一度ならずあったといいます。しかし、このように聖なる場面をごく現実的に表現することで、信仰への説得力が増すと彼は信じたのでしょう。庶民こそが本当の信仰者であることを、カラヴァッジオは誰よりもよくわかっていたのかも知れません。彼は徹底的に装飾的な冒険を避け、光と陰の明瞭な鋭い対比によって、対象へのヴィジョンを純化し、構図を深めました。そして、劇的で抑制された光で場面を照らすことによって、近代写実画の道を拓いたのです。
 カラヴァッジオの芸術は常に光と形態によって厳格に確立されていました。そして、それによって、フランス・ハルスやレンブラント、ヴェラスケスに至る17世紀のヨーロッパにおける偉大な画家たちの先駆者ともなったのです。

★★★★★★★
ローマ、 サンタゴスティーノ聖堂 蔵



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