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「サムソンとデリラ」

ルカス・クラーナハ (1472年)

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 「あなたの怪力がどこに秘められているのか、教えて。あなたを縛り上げて苦しめるには、どうしたらいいのかしら?」
デリラの言葉に、サムソンは三度偽りの答えをしました。しかし、デリラはどうしても真相を聞き出さねばならなかったのです。

 サムソンは、旧約聖書の士師(イスラエルにおける裁き司)の一人で、怪力の策士として知られていました。かねがねサムソンを破滅させる機会を狙っていたペリシテ人たちは、サムソンがペリシテ人の女デリラを恋人に選んだことでその好機をつかみました。ペリシテ人はデリラを買収して、サムソンの怪力を封じ込める方法をサムソン自身の口から聞き出そうと考えたのです。
 来る日も来る日もデリラがしつこく自分の弱点を聞くので、サムソンは耐えきれず、死にそうになりました。そこで、ついに心の中の秘密の一切を打ち明けたのです。「わたしは母の胎内にいたときからナジル人として神に捧げられていたので、頭に剃刀を当てたことがない。もし髪を剃られたらわたしは弱くなり、並の人間のようになってしまうだろう」。
 それを聞いたデリラはペリシテ人の領主に使いをやり、領主たちは銀を携えて彼女のところへやって来ました。彼女はサムソンに膝まくらをして眠らせ、人を呼んでサムソンの髪の毛七房を剃らせました。こうしてサムソンの力は抜けたのです。眠りから覚めたサムソンは、主が彼を離れたことに気づかず、ペリシテ人たちと戦おうとしましたが、捕らえられ、目をえぐり出されてしまうのです。

 この場面は、デリラの膝で安心して眠るサムソンを、遠くからペリシテ人たちがうかがっているところです。これから起こる悲劇を予想すらしないサムソンの寝顔が哀れですが、すでにハサミを手にしている様子のデリラは白い肌が抜けるように白く、優雅な顔にはかすかな微笑さえ浮かび、一点のやましさも感じられません。こんなデリラだからこそ、サムソンは易々とだまされてしまったのかも知れません。女好きで、女性のへつらいにたやすく屈する弱さを持った獰猛な一人の男の姿は、かつて実在したこの種の多くの人物の伝説がサムソンに集約され、物語化された結果と言えるのかも知れません。

 それにしても、非常に緊迫した場面であるにもかかわらず、なんというのどかな情景なのでしょうか。背後のペリシテの兵士たちが見えなければ、幸福な森の中の恋人たち….といった趣です。いわゆるドナウ派のもととなったと思われるルーカス・クラーナハ(父)(1472-1553年)は、風景描写の中に聖家族や聖人たちを置くことの多い画家でした。しかしその風景は、フランドル絵画に見られるような精密さや植物学的な正確さを持っているものではありません。人物と情景が風景の中でとけ合い、クラーナハ独自の雰囲気を醸し出すものでした。
 クラーナハは神話や聖書の物語を描いても、いつも真の古典精神とは別のところに足場を見出しているように見受けられます。注文主の要望を裏切ることなく、官能性をドイツ風の緑の中に描き込むことでルネサンス様式とは違う道を進み、ドイツルネサンスにおいてもっとも成功した画家だったと言えるのです。

★★★★★★★
ニューヨーク、 メトロポリタン美術館 蔵



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