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「跛者を治癒する聖ペテロ」

マゾリーノ・ダ・パニカーレ  (1424-27年頃)

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     <ブランカッチ礼拝堂左壁面> <右壁面>

 マゾリーノには穏やかな画面が似合う……。そんな印象を持っているのは、もしかすると、マザッチオとの共作でも有名なサンタ・マリア・デル・カルミネ聖堂ブランカッチ礼拝堂の一連のフラスコ画のせいかもしれません。
 この礼拝堂の壁画は、「使徒行伝」の中の「聖ペテロ伝」をテーマとしており、マゾリーノの担当が「地上の楽園のアダムとエヴァ」「説教するペテロ」、そして「タビタの蘇生」と「跛者の治癒」とされています。その中で「タビタ……」と「跛者……」は一つの作品でありながら、同じ画面の左と右に二つの逸話が描かれており、ペテロも2回登場するという異時同図的な興味深い構成となっているのです。

 ペテロが聖ヨハネとともに神殿の門の前に来たとき、ぼろを着て足の萎えた男が地面に座り込んでいました。施しを乞うて差し出す手も弱々しく、周囲を着飾って歩く人々は、彼を一顧だにしません。それを見たペテロは手で祝福を施し、足萎えの男は癒やされたのです。しかし、この「美しの門」のそばで行われたペテロの初めての治療は使徒たちが病を癒やす力を持っているという噂を生み、使徒たちとユダヤ教聖職者との間に軋轢をもたらすことともなるのです。
 ところで、ペテロといえば、キリストの第一の弟子です。漁師であったことから「人間を漁(すなど)る漁師」とも言われ、キリストに最も親しい者の一人でした。イエスの死後、最初のキリスト教団を設立し、64年にネロの命で磔刑に処せられるまで常に布教の先頭に立つ人物であったことは間違いありません。そして、その容貌も老齢ながら活気に満ち、髪は白髪混じりの短い巻き毛で、しばしば粗野な顔つきに描かれます。黄色のマントを羽織ることも一般的な表現で、裸足で闊達に歩き回ったであろうペテロの様子がうかがえます。
 しかし、マゾリーノの描く聖ペテロには、一般的に言われるような無教養、粗野な雰囲気はありません。確固とした意思の強さと奢りのない謙虚さが同居した、高貴な人物像が伝わってきます。足萎えの男を見やる目にも、厳しさの中にも慈愛がこもり、傍らの年若い聖ヨハネのよき父親、指導者のようにも感じられます。この壁画制作で、マゾリーノは共作の若き天才画家マザッチオの影響を強く受け、二人の作品はよく似ているとも言われています。しかし、人物の内面を奥深く描き出そうとするマゾリーノの姿勢には、技巧を超えた画家としての思いがこもっているように感じられるのです。

 マゾリーノ・ダ・パニカーレ(1383年頃―1447年頃)は、15世紀初頭に活躍した、国際ゴシック様式とルネサンス様式の間に位置する画家でした。若いころの活動については不明な点も多いのですが、本来が流麗な線、繊細な色彩を特徴とする国際ゴシック的要素の強い画家でした。しかし、このブランカッチ礼拝堂のマザッチオとの共同制作をきっかけに、ルネサンス的な堅牢な人体、空間描写を見せるようになります。
 しかし、マゾリーノ作品の何よりの特徴は、暖かい光と繊細な色彩に満ちた美しい画面でしょう。このフレスコの連作においても、マゾリーノはあえて感情の起伏の少ない、穏やかな場面を選んで描いたように感じられます。節度を有した品のよい人物たちは抑えた身振りながら、この一瞬の美しい世界の中で呼吸し、生き続けているのです。登場人物の衣装の細かな描写からも、画家のこだわりが伝わってくるようです。

★★★★★★★
フィレンツェ、 サンタ・マリア・デル・カルミネ聖堂ブランカッチ礼拝堂 蔵

 <このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
  ◎フレスコ画のルネサンス―壁画に読むフィレンツェの美
        宮下孝晴著  日本放送出版協会 (2001-01-30出版)
  ◎西洋絵画の主題物語〈1〉聖書編
        諸川春樹監修  美術出版社 (1997-03-05出版)
  ◎西洋美術史(カラー版)
        高階秀爾監修  美術出版社 (1990-05-20出版)
  ◎西洋絵画史WHO’S WHO
        諸川春樹監修  美術出版社 (1997-05-20出版)  



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