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「聖顔」

ジョルジュ・アンリ・ルオー (1933年)

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 パスカルは言いました。「我々はイエス・キリストによってでなければ神を知ることはできない」。そして、彼、ルオーにとってのおそらく一番大切な人生における仕事もまた「神を知ること」、ただその一点に尽きたのではないでしょうか。

 まさしく後光の射したキリストの顔….1912年以降、ルオーはこの世を去るまで、本当に多くのキリストの顔を描いています。とくに1914年から 1939年にかけては、正面または真横の顔を好んで描いているのですが、それは斜めから見るよりずっと堂々と、力強い印象を与える…と考えたからではないかと思われます。
 しかし、それにしても、ハッと胸を衝かれるような、目を見開いて眩しいばかりのキリストです。ルオーらしい、くっきりとした黒い線に縁取られたこのキリストは…その見開いた視線の先に何を見ているのでしょうか。もしかすると、キリストに背を向けた世界の、そこで悩み苦しむ人々をキリスト自身もまた苦悩のうちに見つめているのかも知れません。ですから、その大きな目からは今にも涙が溢れ出しそうです。神に対する人間の愛に対して、神もまた愛のしるしでそれに応え給う存在だというのに……信仰を失いつつある人間の姿を見て苦悩する信仰心篤いルオーの心情が、そのままこのキリストの顔になっていると考えると、とても自然な気もします。

 ルオーは、1892年にキリスト教に入信します。そして、彼のその純粋な性格からでしょう….燃えるような情熱で信仰生活を続けていました。しかし、他の画家がするように、すぐには自身の信仰の対象を描こうとはしなかったのです。それはまるで、他の芸術家では決して持ち得ない強い謙虚さが、彼にキリストを描かせることを躊躇させてでもいるかのようでした。
 そんなルオーの謙遜な人柄、誠実さは、父から受け継いだ職人の血が大きく影響していたのかも知れません。父のアレクサンドル・ルオーは高級家具の指物師でした。そして、72日間の未完成の革命で終わったパリ・コミューンを情熱的に支持したベルヴィルの人々の血も確実にルオーの中には流れており、そうした気丈さもまた彼を支え続けていたのではないかと思うのです。

 もし、誰一人見てくれる者のいない孤島に取り残されても描き続けるか…と尋ねられたルオーは、「もちろん描き続けるだろうね。私にとって描きたい欲求というものは、精神的伝達の手段としてやむにやまれぬ必然なのだ」と語ったといいます。
 イエス・キリストによってでなければ神を知ることはできない….と、おそらく固く信じていたであろうルオーにとって、描くことは神を知ることとイコールだったのではないか、という想いが胸に迫ってくるのです。

★★★★★★★
パリ 国立近代美術館蔵



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