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「聖ベルナルドゥスの幻視」

フィリッピーノ・リッピ (1486年頃)

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 流麗な線、繊細な色彩で描き出されたこの美しい世界は、どこかフランドルの絵画をも連想させる夢のような場所に思えます。しかし、ここはおそらくフランスのヴィル・スー・ラ・フェルテ村の「明朗の谷(クレルヴォー)」と呼ばれる人里離れた渓谷なのです。
 シトー会の修道士 聖ベルナルドゥスは、このクレルヴォーの地に修道院を創立し、死ぬまでその院長を務めています。彼はもともとブルゴーニュの貴族の出身で、パリ大学で勉学に励み、母の死後23歳でシトー会に入っています。その後のベルナルドゥスは数々の誘惑を退け修道に専念し、2年後に12名の弟子とともに修道院を建てたのです。この修道院の名声は欧州各地に広まり、宗教的、神学的にも多大な影響力を持ち、第2回十字軍の結成にも力を尽くしたと言われています。しかし、そうした名声とは別に、聖ベルナルドゥス自身は質素で清貧な修道生活を貫き、過労と断食のために63歳で没しています。

 ところで、聖ベルナルドゥスには神秘家的性格が強く、数々の幻視を経験しています。とりわけ、聖母への崇敬の念は深く、この作品はそのうちの一つ、ベルナルドゥスが聖母の賛美の書を執筆中に聖母が現れ、執筆を助けてくれたという奇跡が描き出されています。驚きと感動に声もなく見上げるベルナルドゥスは、まだ年若い青年僧であり、シトー会の白い修道服の流れるような襞の美しさには目をうばわれます。聖母はといえば、あまりにも自然に歩み寄ったためか、光輪が描かれていなければ生身の女性のような親しみやすさです。こんなところに、フィリッピーノ・リッピの甘美で世俗的な特徴を見ることができるような気がします。
 背後では修道僧たちが、ただならぬ気配に騒いでいるようですが、岩陰で起こったこの奇跡にはまだ気づいていないようです。ただ一人、この作品の寄進者フランチェスコ・デル・プリエーゼだけが、手を合わせて聖母の美しさにうたれているのです。

 作者フィリッピーノ・リッピは、カルメル会修道士であったフラ・フィリッポ・リッピと尼僧ルクレツィア・ブーティの間に生まれ、父と同じフィレンツェ派の画家として活躍しました。父の工房で修業したのち、ボッティチェリの工房でも修業したことが記録に残っています。そう言われてみると確かに、聖母を囲み思い思いの表情でベルナルドゥスを見つめる天使たちが、まるで寄宿学校の美少年….といった風情で、ボッティチェリの描いた天使たちに雰囲気がとてもよく似ています。実は帰属が判明する以前、彼の作品は「アミーゴ・ディ・サンドロ(ボッティチェリの友人)」という仮の作者名を与えられていたほどだったといいます。初期のころのリッピは、よほどボッティチェリに傾倒していたのでしょう。
 それにしても、陰影に富んだ曲線の多用はとても印象的です。ベルナルドゥスの修道服、聖母や天使たちの衣の繊細な襞、その流れは後のマニエリスムの先駆を感じさせます。ロレンツォ・デ・メディチから高い評価を受け、在世中から非常な名声を博したフィリッピーノ・リッピは、決して父の才能を受け継いだ幸運な画家であっただけではありませんでした。新しい独自の様式を確立し、後世の私たちをも魅了し続ける優れた画家だったのです。

★★★★★★★
フィレンツェ、 バディア聖堂 蔵

 <このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
  ◎キリスト教美術図典
        柳宗玄・中森義宗編  吉川弘文館 (1990-09-01出版)
  ◎西洋絵画の主題物語〈1〉聖書編
        諸川春樹監修  美術出版社 (1997-03-05出版)
  ◎西洋絵画史WHO’S WHO
        諸川春樹監修  美術出版社 (1997-05-20出版)
  ◎西洋美術史(カラー版)
        高階秀爾監修  美術出版社 (1990-05-20出版)



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