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「皇妃テオドラ」

作者不詳 (547年ころ)

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 ラヴェンナはモザイク芸術の町として知られていますが、歴史も古く豊かで、史実のなかにはこの地に関連したものがたくさんあります。ジュリアス・シーザーは「さいは投げられた」という有名な言葉とともにルビコン川を渡って進撃しましたし、火あぶりの刑から逃れて放浪生活を送っていたダンテはラヴェンナの領主に優遇され、ついに彼は死ぬまでこの地に住み、あの有名な『神曲』もラヴェンナの地で書き上げました。情熱の詩人バイロンもまた1819年にこの地を訪れ、大いなるインスピレーションを得たといいます。また、ラヴェンナから南に120キロほど行った山の上の町ウルビーノは、ルネサンス盛期の天才画家ラファエロが生まれた地でもあるのです。
 しかし、ラヴェンナ最大の見所といえば、やはり六世紀に建てられたビザンティン・モザイクの成熟期の傑作、サン・ヴィターレ聖堂のモザイクではないでしょうか。一般に、5世紀から6世紀にかけての時代がビザンティン美術の確立期といわれていますが、サン・ヴィターレ聖堂の壁画は、空間構成が平明で浅く、人物たちは強い輪郭線で明快に表されており、新しい時代の確信に満ちた力強さにあふれているのです。

 その中でも、ひときわ目をひく美しさを放っているのが、この『皇妃テオドラ』です。ユスティニアヌス帝の妃テオドラが従者と侍女を引き連れて、聖杯を差し出している図ですが、その様子はまるで展開図を見るように二次元的で、人物は大きくわかりやすく描かれ、儀式のように厳かで、そしてバランスの良い壮麗さに満ちています。テオドラの髪飾り、ネックレス、イヤリング、ブレスレットはもちろんですが、衣のドレープが濃淡の美しい色彩で表現され、その鮮やかなテクニックの見事さに、当時の職人たちの腕の良さを実感させられます。皇妃の表情はやや冷酷な印象を受けるとも言われていますが、これは西欧人が考えるところの典型的な「ビザンティン」顔でもあるようです。
 皇妃テオドラは、サーカスの熊使いの娘で、踊り子だった女性です。そのテオドラの美しさに、当時すでに皇帝の片腕として帝国の実権を握る指導者であり、元老院議員でもあったユスティニアヌスが魅せられて愛人とし、後にユスティニアヌスが皇帝になるに伴い、正式な皇后としたのです。皇妃となってからのテオドラは、若い女性の売買を禁じたり、女の権利を認めたりして、女性に多大な恩恵を与えました。西欧の歴史や伝説のなかでも、著名な四人の女性の一人と言われています。有名なニケの乱の折にも、「帝衣は最高の死に装束である」と言ってユスティニアヌス帝をいさめています。つまり、「逃げるくらいなら死んだほうがましです」というテオドラの強い意志がユスティニアヌス帝を踏みとどまらせ、乱を鎮圧させたのです。彼女の堂々とした姿からは、そんなエピソードも、ごく自然に伝わってくるのです。

 ところで、この美しいモザイクがどのようなものか、比較的私たちには馴染みがないかも知れません。モザイクとは、いろいろな色彩の石やガラスなどの断片を平面に並べていって、図柄を表したものです。紀元前三千年の昔から脈々と伝わってきた技法で、大規模に長期にわたって発達したのが古代ローマでした。ローマの遺跡には、必ずといってよいほど、モザイクを施した床があります。モザイクは、キリスト教時代に入って一段と発達し、色ガラスや金を使って天井や壁画を飾るようになりました。ガラスで描かれたモザイクなどは、熱にも光線にも変色しませんから、「永遠の絵画」とさえ呼ばれるほどです。
 モザイクの断片の大きさは小さいものだと3~4ミリと言われています。これを切断するときは、鉄製の小槌などを使い、敢えて不規則な形にします。機械などで几帳面に切ったものでは、独特の味わいが出ないのだといいます。これを、壁や天井に描かれた下絵の上に貼り付けていくのですが、その時に平面状にぴったりと貼り付けてもいけないのだそうです。いくらか角度を変えていくことで、一片一片がさまざまな方向から光を受け、一日のなかでも、異なる方向に光を反射させることができます。例えば、モザイクを見ながら右から左へ….と動いてみますと、モザイクで描かれた人物の目が、ある一定の場所できらりと光ったり、身に着けた衣装がふわりと揺れたように見えることもあります。そうしたモザイクの繊細な技術が、壁画に、他の絵画にはない生命を与えることができるのです。

 サン・ヴィターレ聖堂には、その他、壁いっぱいに聖書のエピソードや自然の景観、羊などが描かれています。どれも素晴らしいものばかりなのですが、見上げているうちに首が痛くなってしまうと思います。そんな中、『皇妃テオドラ』と向かい合うかたちで、『皇帝ユスティニアヌス』  が描かれています。こちらも、聖体皿を持ち、十字架を手にしたラヴェンナの主教マクシミアヌスや従者を従えて、動きを排除したことによる精神的、超越的な存在として表現されています。しかし、向かい側のテオドラ皇妃のほうを、ちょっと気を遣いながら見つめているように見えるのは、単なる錯覚かも知れませんが…..。

★★★★★★★
ラヴェンナ、 サン・ヴィターレ聖堂 蔵



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