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「トゥルーヴィルの海岸」

ウジェーヌ・ブーダン (1864年)

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 一瞬にして、潮の香りと明るい外気に全身が包まれてしまうのを感じます。人々の笑い声、波の音、そして空は高く、遠く、どこまでも続いています。

 19世紀半ば、セーヌ川に沿ってノルマンディ海岸まで鉄道が開通し、パリ市民の行動範囲は大きく広がりました。これによって、別荘を持たない一般市民も、貴族や一部の富裕層に限られていたレジャーを楽しむようになったのです。人々は自然を求め、郊外だけでなく、水辺での休日も大衆化していきました。
 鉄道のおかげで、保養地トゥルーヴィルもパリから6時間で行ける場所となりました。トゥルーヴィルは、ル・アーブルの東にある海浜の町です。優雅なドレスに身を包み、強い日射しを避けるために日傘をさした女性たち、また、山高帽をかぶり、きちんとしたダークスーツの男性たちが椅子に腰掛け、夏の一日を海辺で過ごす様子が週末の見慣れた風景となりました。ブーダンは、そんな彼らをモティーフに、数多くの作品を描いています。
 しかし、ブーダンの興味は、パリの社交界がそのまま移動してきたような都会人にあったわけではなかったようです。彼はあくまでも、光あふれる自然にこだわり続けていたのです。

 ウジェーヌ・ブーダン(1824-98年)は、印象派に先駆ける風景画家でした。17歳だったモネの才能を見抜き、戸外で描くことを教えたのは彼だったのです。それほどにブーダンは、自然を前にして直接制作することに強い信念を抱き続けた画家だったと言えます。
 ブーダンは船乗りの息子に生まれ、ル・アーブルに住んで、20歳から25歳まで画材店を営んでいます。そこでコンスタン・トロワイヨンミレーらの顧客を得、特にミレーから絵を描くことを勧められています。やがて、クールベヨンキントコローらとも親交を結び、その作品は高い評価を受けるようになるのです。
 驚くべきことに、彼はほとんど独学で絵を習得しています。アカデミスムを嫌って、パリのルーヴル美術館で巨匠たちの名画を研究し、ル・アーブルに戻ってからはノルマンディの海岸を転々としながら、明るい外光のもと、大気や光の動きを大胆にとらえた風景画、海景画を制作しました。そんなブーダンの作品が、やがてはバルビゾン派や印象主義への橋渡しをしていくことになるのです。

 ところで、ブーダン作品の特徴といえば、この空の広さです。彼はおもに北フランスの海岸を舞台にして作品を描きましたが、どれも光あふれる空が、その存在を大きく主張しているのです。彼は、「直接にその場所で描かれたものには、必ずアトリエで描かれたものにはない筆の勢いと力強さと生命力があるはずだ」と強く主張しています。 刻々と変化する大気、天候によって全く違う表情を見せる空を目の前にするとき、画家はこんなふうに空の広さを描き出さずにはいられなかったのかもしれません。彼の絵を絶賛したコローは、ブーダンへの敬愛の念を込めて「空の巨匠」と呼びました。

★★★★★★★
アメリカ、ミネアポリス美術館 蔵

 <このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
  ◎西洋美術史(カラー版)
       高階秀爾監修  美術出版社 (1990-05-20出版)
  ◎西洋美術館
       小学館 (1999-12-10出版)
  ◎印象派美術館
       島田紀夫著  小学館 (2004-12出版)
  ◎オックスフォ-ド西洋美術事典
       佐々木英也訳  講談社 (1989-06出版)

 



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