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「ジェイン・グレイの処刑」

ドラローシュ (1834年)

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 白い絹のドレスよりももっと白い清らかな腕が痛々しい、ジェイン・グレイの処刑場面です。お付きの女性たちも刑吏たちも、悲しみといたましさに沈んでいます。この場の誰もが、若い彼女を死にいたらしめることなど望んでいない様子が、はっきりとうかがえます。

 ジェイン・グレイは「9日女王」の名で知られ、政争の犠牲となって、1554年2月12日、わずか17歳で断頭台の露と消えた悲劇の女性でした。彼女はノーサンバーランド公の陰謀によってイギリス女王にまつり上げられ、9日間王位にありましたが、再度女王の座に返り咲いたメアリー1世によってその座を追われ、処刑されたのです。
 野心家ぞろいの周囲とは正反対に、ジェインは何一つ俗な野望を持たない、信仰あつい清らかな心を持った乙女でした。ですから、おそらくこの瞬間にも、彼女は運命を静かに受け入れることが神のみ心に沿うことと信じていたに違いありません。

 それにしても、この、ちょっとした小道具に至るまでの細密な描写のみごとさ、舞台劇を見るようなドラマティックな光景には目を見張らされます。クールベやマネや印象派の画家たちが活躍した19世紀フランスで、社会的に最も認められていたのは、実はアカデミスムの画家たちでした。彼らは美術界の絶対的な権威であり、サロンやアカデミーといった強固な美術制度の中で公認の画家として活動していました。そして、ラファエロやプッサンなどから連なる、古典主義の理念を継承していたのです。

 ドラローシュは、そんな官展派の代表的な画家の一人でした。そして歴史画、とくに英国史に取材した作品を得意として人気を集めました。
 歴史画というのは一般に、統一性のある構図の中に理想化された人物たちが的確に配されたもので、画面には筆跡を残さないように、滑らかに仕上げが施されたと言われています。しかし、この作品は、16世紀イギリスの史実に基づき、歴史画の枠組みにのっとって描かれながら、なかなか興味をそそられる風俗画的な要素も感じられます。ドラローシュの描く主題が比較的ロマン主義的で劇的でありながら、技法はきわめて新古典主義的なため、折衷派という呼び方もされる所以かも知れません。

 ところで、ドラローシュの絵画はしばしば「冷たい」という評され方をします。たしかにこのひんやりした感触は、彼の他の作品にも共通したものです。しかし、ジェイン・グレイの、つとめて冷静さを保とうとしながら、それでも緊張と恐怖の心は抑えがたく、内側からわき上がる若々しい感情は、かすかに紅潮した頬、唇を染め、熱い震えるような奔流となって、鑑賞する私たちの心にも流れ込んでくるのです。

★★★★★★★
ロンドン、 ナショナルギャラリー 蔵



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