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「キリストの降誕」

ヒューホー・ファン・デル・フース (1475-80年ころ)

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  <この祭壇画を全部開いたときの状態>

 中央でじっと幼な子を礼拝する聖母の、清らかな姿が胸にしみます。伏せた瞼のふくらみも初々しく、彼女がまだ年若い母であることを、私たちは再認識させられてしまうのです。画面の手前に置かれたアイリスは、初期ネーデルラントにおいてしばしば聖母の花として描かれており、この場面においても、マリアの純潔を静かに象徴しています。

 それにしても、この「ポルティナーリの祭壇画」は、中央パネルの『キリストの降誕』だけでも249×300㎝という大きさで、全部を開いたときの巨大さは、凄まじい…という表現がぴったりきます。その作品自体の大きさもさることながら、ここに描かれた人々の大きさの違いを見ても、ふとそこに、言い知れぬ緊張感をおぼえてしまうと言ったら、考え過ぎでしょうか。聖ヨセフ、聖母マリア、そして羊飼いたちは人間以上の存在であることを示すために大きな姿で描かれ、天使たちは寄進者と同じ規準で描かれるために、異常なほどに小さく表現されています。この描き方はもちろん象徴性と表現性を目的としたものではありますが、私たちの常識的な感覚からすれば、やや不思議で、異世界的な宗教画に見えてしまうのも事実です。
 また、右上にいる羊飼いたちの興奮ぶりや人間くささも特徴的で、彼ら以外の登場人物との間には、その厳粛さにおいて、確かな対照が見られます。ファン・デル・フースは、彼らに私たち鑑賞者自身の心を反映しているようです。生まれたばかりの聖なる御子を見つめて驚く羊飼いたちの表情は、かつて他に例を見ないほど無邪気で率直な反応と言えるでしょう。この祭壇画がフィレンツェに着いたとき、イタリアの画家たちが、この羊飼いたちの描写を格別に称えたというのもうなずけるところです。

 ヒューホー・ファン・デル・フースは初期ネーデルラントの、第二世代と言われている画家の一人にはいります。彼らには、ヤン・ファン・エイク、そしてファン・デル・ワイデンの偉業をいかにして継承し、発展させていくかが大きな課題でした。フースもまた、74-75年にはヘントの画家組合長となって名声を博しますが、彼の中には絶えずファン・エイクを超えることができないという苦しみがあったようで、1475年に突然、ブリュッセル近郊のローデンダール修道院に入ってしまいます。それでも制作は続けていましたが、精神錯乱に陥り、81年には自殺未遂事件を起こしたりもしています。それでも、彼の整合性のある大画面と表現性の強い画風は確立され、精神的破綻をきたしてからは、彼自身の内奥の苦悩がいっそう画面に緊張感を与えていったようです。

 この祭壇画は、フィレンツェのサンタ・マリア・ヌオーヴァ施療院礼拝堂のために、ブリュージュのメディチ銀行の支配人だったポルティナーリが委嘱した作品です。彼がフィレンツェの画家を起用せずに、あえてフースに制作を依頼したことは、フースの技量と名声を物語るものでしたが、この作品を制作直後に修道院へ遁走したことを思い合わせるとき、あらためてこの祭壇画にみなぎる張りつめた激情を感じずにはいられないのです。

★★★★★★★
フィレンツェ、 ウフィッツィ美術館 蔵



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