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「エステルの化粧」

テオドール・シャセリオー (1856年)

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 シャセリオーといえばこの作品、これから王の宴席に向かうため身繕いに忙しいペルシアの王妃エステルです。みずからと同胞の運命を左右する一大決心を固めたエステルですが、その表情にはそれほどの緊迫感は感じられません。

 エステルの物語は旧約聖書の中のお話です。紀元前5世紀、ユダヤ人のエステルはペルシア王クセルクセスの寵愛を受けて王妃になりました。ところがあるとき、エステルの養父モルデカイが服従のあかしを示さなかったことに遺恨を持った権力者ハマンは、ユダヤ人を皆殺しにしようと陰謀を企て、それがエステルの知るところとなりました。
 エステルもまたユダヤ人でしたが、王妃である彼女に危害が及ぶ心配はありません。しかし、決して見て見ぬふりはできない気性のエステルは、意を決して王に直訴する決心をします。当時、王への直訴は死刑を意味するものでもありました。しかしエステルは我が身を捨てる決意で、宴席に王とハマンを招いてもてなした後、ハマンのユダヤ人虐殺計画を打ち明けます。それを知った王はハマンを処罰し、ユダヤ人たちは救われるのです。
 このシーンは、決意の宴に赴く前のエステルです。普通は着飾ったエステルが描かれますが、衣装を身につける前の彼女を描いたのがいかにもシャセリオーらしいところです。
 テオドール・シャセリオー(1819-56年)は、新古典主義とロマン主義の折衷的画家と言われています。12歳のときに新古典主義の巨匠アングルの門下に入りましたが、アングルがローマへ旅立ってしまったため、ネルヴァル、ゴーティエといったロマン主義の文学者たちと交流するようになり、やがてドラクロワのロマン主義絵画に傾倒するようになりました。そのため、アングルの新古典主義とロマン主義の融合する画風を生み出すようになっていくのです。彼の作品はアラベスクを思わせる優美な新古典主義的曲線とともに、ロマン主義的なエキゾチスム、オリエンタリズムが特徴的です。
 確かにシャセリオーは、早くからオリエントに対する強い興味を持っていたようです。1846年にアルジェリア旅行をしていますが、それからは特にその傾向が強くなっていきました。この作品でも、聖書の中の物語をテーマにしているわりには、描かれているのはまさにオリエント世界です。異国の強烈な光の下で鮮やかに輝く色彩のリズムは、若いシャセリオーの心をしっかりととらえてしまったのでしょう。

 ところで、シャセリオーは生涯を通じて非常に多くのデッサンを描きました。グラフィック・ペンシルで描かれた完成度の高いそれらの作品は、かつての師アングルを思わせる美しさです。ロマン主義絵画の色づかいを嫌ったアングルとはいつの間にか疎遠になってしまいましたが、アングルのもとで培った才能は、巨匠アングルをして「絵のナポレオン」と言わしめたほどでした。
 そんなシャセリオーは天才のご多分に漏れず、37歳の若さで病没しています。病気を押しての無理な制作が命を縮めたようです。しかし、彼の作品たちはシャヴァンヌ、ギュスターヴ・モロー、さらにゴーギャン、マティスにまで影響を与えていったと言われています。この現代美女ふうのエロティシズムをたたえたエステルは、そんなシャセリオーの理想の美女だったに違いありません。

★★★★★★★
パリ、 ルーヴル美術館 蔵

 <このコメントを書くにあkたって参考にさせていただいた書籍>
  ◎一冊でわかる 名画と聖書
       船本弘毅 (監修)  成美堂出版 (2010-12-16出版)
  ◎西洋美術館
       小学館 (1999-12-10出版)
  ◎西洋美術史
       高階秀爾監修  美術出版社 (2002-12-10出版)



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