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「聖アントニウスの誘惑」

マルティン・ショーンガウアー (1475年ころ)

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 聖アントニウスは、キリスト教の聖人であり隠修士です。両親が死んだときに貧しい人々に財産をすべて分け与え、自らはエジプトの砂漠に隠とんし、長く孤独な生活を続けました。また、彼が修道士の僧服とマントを身につけているのは、修道院制度の父とされているからなのです。
 古来、聖アントニウスをテーマにした作品は数多く描かれてきましたが、それにしても、ショーンガウアーの聖アントニウスは相当に大変そうです。彼は、悪魔からのさまざまな誘惑を受けながら、それでも砂漠で修行したと伝えられます。これは空中の聖人を悪魔が妨害しようとする場面とされていますが、これほど四方八方から引っ張られたり殴られたりしたら、さぞつらいことでしょう。聖人の苦労がしのばれます。

 しかし、この悪魔たちをよく見ると、実は恐ろしいというよりも、なかなかユーモラスな姿をしているのがわかります。けっこう憎めない悪魔たちです。そして彼らの皮膚の表面の描写の緻密さ、そのみごとさにも目を奪われます。針ネズミのように尖った針に覆われていたり、全身がうろこ状だったり、またなめし皮のような質感だったり…と、一口に悪魔と言っても彼らはさまざまな姿をしているのです。
 このリアルな質感は、まさしくショーンガウアーの力量そのものなのですが、さらにこれが銅版画であることに思い到るとき、ここに表現された荒々しいほどの形態の細密な描写、激しい動勢と不思議なほどに美しい装飾的な安定感のみごとな結合に、ただただ感嘆してしまうのです。そして、この作品の持つ、見るほどに自由な創造力、その空間的な奥行きに私たちはますます魅了されてしまうのです。

 イタリア・ルネサンスと同時期、15世紀ドイツが他のヨーロッパ諸国をしのいだのは、まさしくこの銅版画の分野でした。1470年ころから、画家でありながら版画も制作するという工房の親方が誕生し始めますが、これは版画を絵画の延長線上としてとらえるようになった証拠であると思われます。そんな中でも、まぎれもない第一人者がショーンガウアーでした。
 彼はネーデルラント絵画に強い影響を受けながら、絵画に匹敵するレベルの表現を、版画によって実現した最初の人物だったのです。その刻線の律動的な美しさを、銅版の上に下ろすビュラン(鑿)の使い方一つで表現する技量に及ぶ芸術家は、ショーンガウアーの前にも後にも現れていないと言ってもいいと思います。

★★★★★★★
ニューヨーク、 メトロポリタン美術館 蔵



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