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「織女たち(アラクネの寓話)」

ディエゴ・ベラスケス  (1657年ごろ)

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 この作品は、1948年に研究者によって指摘されるまで、『転身物語』の中の「アラクネの寓話」が典拠となっていることに、だれも気づきませんでした。それまでは単に、フェリペ4世のタペストリーが織られていた、王立サンタ・イサベル綴れ織り工場で働く女工たちを描いた作品と解釈されていたのです。

 ギリシャ神話のアラクネは、リュディアの若い女で、機(はた)織りの名手として知られていました。近所に住むニンフたちが、彼女の仕事ぶりを見にくるほどの腕だったといいます。ところがある時、アラクネは無謀にも、戦いと芸術を司り、紡ぎ手と織り手の守護神でもある知恵の女神アテネに織物の勝負を挑んだのです。
 その際、アラクネは、主神ゼウスの浮気と不実さを嘲るテーマを布に織り込んでしまいました。アテネはアラクネの仕事のみごとさは認めたものの、その不敬な主題に怒り、タペストリーを粉々に切り裂いたといいます。アテネの怒りに打ちのめされたアラクネは、首を吊って命を絶とうとしましたが、女神は死を免じ、彼女を糸の先にぶら下がった蜘蛛に変えてしまったのです。そのため、アラクネは以後、永遠に蜘蛛の姿のまま機(はた)を織り続けなければならなくなってしまいました。

 ギリシャ神話には残酷なものが多いのですが、このお話も女神の仕業としては受け入れがたいものがあります。それはともかく、この「アラクネの寓話」は、実は一番奥の部屋、後景のタペストリーの前で演じられているのです。これでは、この作品の真の主題が見えにくかったのも無理はありません。そこには、ベラスケス(1599-1660年)の深い意図があったと思われます。
 鎧を着けた女神の怒りを買って立ちすくむアラクネ、彼女の織ったタペストリーの絵には、偉大な画家ティツィアーノの「エウロペの略奪」が用いられています。ティツィアーノはフェリペ4世の宮廷で非常に高く評価されていたので、この巨匠の作品であれば、必ず人々の目も奥の部屋に向けられると画家は考えたのではないでしょうか。
 しかし、前景の、日常的な綴れ織り工場のシーンにも、テーマはきちんと生きています。向かって左側で糸車を操っている人物こそ、女神アテネです。ここでは、それと悟られぬよう、あえて老婆の姿に身をやつしているのです。そして右側で、奥の神話と同じ格好をしている若い娘がアラクネなのです。そして、この二人のポーズは、システィーナ礼拝堂のミケランジェロの天井画(A)(B)からイメージを借りてきています。ベラスケスは、システィーナ礼拝堂を訪れた際に見たミケランジェロ作品に深い感銘を受けていたのです。

 ところで、この作品では、光のリアルな使い方にも魅了されます。空中のほこりまでもキラキラとその存在を主張し、糸玉や糸の切れ端、そして回る糸車まで、光はあらゆるものと絡み合い、生き生きと動き回ります。さらに、光は画面に奥行きを与え、明と暗が自在に表現されているのです。
 そして、人物の置き方にもベラスケスの計算を見てとることができます。作業場と奥の部屋の間に、糸を拾う女性が描かれています。物語には関係のないこの人物は影を強調して表現され、表情さえも今ひとつ見分けることができません。しかし、彼女によって、奥の部屋の存在が際だつのです。
 さらに、女神とアラクネの勝負を見守るように立つ女性たちが描かれています。彼女たちは、音楽、絵画、彫刻….という三つの芸術を象徴しているとも言われていますが、もしそうだとすると、ベラスケスは、職人よりも芸術家のほうがすぐれていること、芸術家の社会的優位を表そうとしたのかもしれません。しかし、彼女たちについては、まだ定まった説が示されているわけではありません。
 ちなみにベラスケスは、女神とアラクネのどちらを応援していたのでしょうか。それは間違いなく、アラクネだったと思われます。なぜなら画家は、タペストリーの天使たちの描き方を工夫し、アラクネに光が当たるようにしているからです。画家の温かい光が、アラクネを守っているようにさえ感じられます。それは、蜘蛛に変えられる前の美しいアラクネを描いていることからもわかります。他の画家の作品には、蜘蛛に変えられる瞬間のアラクネを描く例も多いからです。
 しかし、後景の手前に置かれたチェロが、これから起こる悲劇をすでに暗示しているのかもしれません。チェロには、蜘蛛から身を守るという意味があるからなのです。

 一見、何気ない描写の中に、ベラスケス好みの手の込んだ趣向が、ため息が出るほどに盛り込まれています。視覚的な効果を重視した巨匠が、おそらくは非常に楽しみながら描いたであろう、最晩年の印象的な大作です。

★★★★★★★
マドリード、 プラド美術館 蔵

 <このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
  ◎西洋美術館
        小学館 (1999-12-10出版)
  ◎西洋絵画の主題物語〈2〉神話編
        諸川春樹監修  美術出版社 (1997-03-05出版)
  ◎西洋美術史(カラー版)
        高階秀爾監修  美術出版社 (1990-05-20出版)
  ◎西洋絵画史WHO’S WHO
        諸川春樹監修  美術出版社 (1997-05-20出版)
 

 



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